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尼僧の恋2「煩悶」

出家の生活は単調です。
むしろその単調なことに耐えうる力がないと続きません。
厳しい修行があるほうが、おそらく精神的には楽です。

話は前回の続きです。

本職の尼僧となるべく、学生時代のボロアパートを引き払い、いよいよ本気の尼僧ライフが始まりを告げた21の夏休み。
引っ越し直前に、ずっと片思いだと思ってあきらめていた後輩から思いを告げられ、雷が直撃したかのごとく時間が止まってしまった私の時間は、そう簡単には戻りませんでした。

衝撃の告白を受けたその日の夜は、さすがに師匠に何かあったのかと聞かれるほど挙動不審の私でしたが、そもそも「昔好きだった男に告白されました」などと気軽に話ができるような主従関係ではありません。

友人に話ができれば少し状況も変わったかもしれませんが、あいにく毎日会うのは師匠と兄弟子(あにでし)数名。
閉鎖空間で男女が親しくなるとロクなことにならない為、師匠から兄弟子たちと口をきくことを禁止されていたので、相談など論外。

誰かに言えなければ、自分でひたすら抱えるしかないのです。

半年の間ほとんど後輩のことを忘れていたくせに、不意に開かれたドアに思い切り動揺する程、私はタダの女でした。

竹藪の横にある、塀で囲まれた20メートル平方くらいの、枯山水の庭園が、夏休みの私の居場所です。
白い砂利と苔に、松の木の貧弱な日陰しかないその庭で、いじらしく絶え間なく生えてくる雑草を一本、一本と手で抜きながら
自分が蒔いて育てた種と、その果実を喰わずに捨てるもったいなさを、
信仰心っぽいものにコーティングされた諦めで上塗りしていく毎日でした。

 ていうか、なぜこのタイミングなんだ。
 おっせーんだよ、はやく言えよ。
 せめて、出家する前になんか言えよ。
 何もかも決まってから、引っ越しまで決まってから、
 就職まで決まってから、好きでしたってなんだよ。
 俗世お別れコンパでもなんにも言わなかっただろ、お前。
 映画にも誘ったよ。
 芝居にも行ったよ。
 そのあと何もなかったのはなんだよ。
 普通に、楽しかったっすね、て帰っただろ。
 あの後は、今日は飲みに行きましょうくらい言えよ。
 好きですってなんだよ。
 言われた私はどうなるんだよ。
 もうどうもしてやれないじゃん。
 断るしかないじゃん。
 そんなの酷いだろ。
 私の気持ちはどうなるんだよ。
 こんなに思いが溢れてくるのに。
 私だって好きだったのに。

渦巻く思いは、怒りになったり、愛しさになったり、哀しさになったり
風に鳴る竹藪のごとくざわざわと絶えず心を乱していました。

それでも表面上はいつものように起きて読経し、庭を掃いて、ただただ平凡に毎日は過ぎていました。

一週間だったか一ヵ月だったか、もうどのくらいの時間がたったのかすらわからないほど、渦巻く気持ちのやり場がなかった私は後輩に手紙を書くことを決意します。

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