昭和6年の不況時に、軍は「国庫窮乏の援助はほとんど不可能」と声明。信濃毎日新聞の三沢編集長、痛烈に批判
1931(昭和6)年は、不況のどん底で開けました。各地で労働争議があり、「自分を使ってください」と仕事を募るサンドイッチマンも出る始末。一方、日本をはじめ各国の財政を圧迫する要因になっていた軍艦の建造競争は、前年のロンドン海軍軍縮条約調印でようやく一段落し、日本の若槻礼次郎内閣は陸軍の軍政改革も進めようとします。そんな時期の一コマ、1931年7月2日の信濃毎日新聞朝刊では、軍政改革案を審議した陸軍側が予算削減に強硬に反発する記事が載りました。
記事を転載しますと「1日の軍事参議官会議で愈々軍制改革案が決定されたので南(次郎)陸相は2日午後、若槻首相と会見しその内容につき報告し更に井上(準之助)蔵相と会見して予算関係問題につき折衝する事となったが、この場合政府側としては軍制改革そのものについては別に異存はあるまいと見られるが、予算関係に於いて陸軍側は
一、軍隊の編成、装備方面からは全然節約の余地はない
二、而して官営学校公署方面の純行政関係の整理に依る冗費は国庫に返納する
という方針である。然るに行政整理方面の節約は最大限度で400万-500万円を超えない状況であるから、この予算関係に於いて結局一波乱は免れがたいものと見られている」
転載終わり。つまり、陸軍は現勢力の節約をしないと断言するというのだ。合わせて軍事参議官会議終了後、陸軍省は声明書も発表して、断固とした姿勢を示します。
声明内容は以下の通り。「(前略)今回の改革は国家財政の現状に鑑み軍制調査会に於いて研究審議せられたる軍の改善充実要目の全部に於いて実現するため必要なる資を国庫に仰ぐ事かなわざるべきを以て、とりあえず急施を要する事項を陸軍自体の捻出経費に於いて実行すること、及び爾余事項は今後財政好転の機を以て之が実現を期するものなりとの意味において至当なるものにして、これが実現は一日もおろそかにすべからず、ここに満場一致決議せり」
そして、「なお浜口内閣組織以来軍制調査の中途に於いて既に節約額2,140万円、繰り延べ約5,090万円合計7,230万円の陸軍費を整理し軍備に対しては相当に影響を及ぼしてあるを以て軍制改革により国庫財政に寄与することはもはやほとんど不可能なるも、行財政整理に関しては国家財政の現状に応じ政府の方針に基づき極力整理節約を行わんとするよしを述べて了解を求めた」とあります。これに対する南陸相の談話も掲載してあります。
「世間では軍制改革に依り多大の節約をなすものであるかのごとく期待しているようであるが、その企図は列強に比し著しく立ち遅れている我が陸軍が装備を立て直すというのが目的であるから、この期待に沿うことは不可能である」「しかし陸軍としても財政難を知らぬのではないからできる限り節約に努める」「明年から実行する改革案に支障を来すというような事はないようにしてあるよ。そんなことになるとしたらもちろんあくまで反対する」と強い調子です。
同日夕刊には、常備軍配置の改変が載り、人員2万人削減の一方、戦車隊、高射砲隊、軽重爆撃隊、そして戦闘機隊を増設すると軍制改革案が示されます。
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以上のような陸軍の態度に対して、長野県の地方紙、信濃毎日新聞の三沢精衛編集長は、同日夕刊のコラム「拡声機」で陸軍を徹底的に皮肉ります。
「軍事参議官会議の声明書。陸軍が日本の『国庫窮乏の援助は、不可能』といい切る。陸軍は陸軍、日本は日本。というんだね。
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日本の国庫が窮乏しまいが、せまいが、それは他人事。とでも思っていなくて、こんな口のきけよう筈がない。
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忠君愛国の本家本元が、国庫の窮乏を他人事と思っていれば、世話はない。
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同じ参事官会議は、満州駐箚師団を永久常置とする案を可決。陸軍一流の満蒙策、着々実現のつもり。
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マー何でもやってご覧。サーベルだけに物をいはせて居ると、今にとんだ目にあうが、やって懲りるもいい」(以下略)
実際、これから2か月余り。9月18日に満州駐屯の陸軍「関東軍」は柳条湖事件を起こし、満州事変に突入する。そして満州事変の臨時経費を特別会計として確保することに成功する。若槻内閣は、満州事変の兆候を現地からの報告などでつかんでいたにも関わらず、阻止することに失敗。あまつさえ、「兵を出した分は仕方がない」と臨時軍事費を出す始末。ここで抵抗できなかったがゆえに、ずるずると軍に政治が引きずられることになっていきます。
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ところで、近年も赤字財政は膨らむ一方なのに、防衛費は倍増の大盤振る舞い。今度はだれが突っ張っているのか。自衛隊か。米国か。それとも政府自身か。窮乏を省みず軍備に突き進んでいった93年前と、どこが違うのか。そして当時の信濃毎日のような反骨心は、どこにあるのか。
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