見出し画像

鹿狩りの寓話

「シカを待ち伏せしている間に、ウサギが何度も姿を現す。そこでウサギを捕まえてしまうと、シカは姿を見せなくなる。シカを捕らえるためには、猟師同士が協力して待ち伏せしなければならない」・・・ルソーの「鹿狩りの寓話」をゲーム理論に展開したものが、こちらの図になります。

Stag hunt game

シカを捕まえた報酬を(山分けして)5点とします。猟師にとっては「シカ5点 X シカ5点」と「ウサギ1点 X ウサギ1点」のふたつの最適戦略(ナッシュ均衡)が存在します。

ナッシュ均衡とは:全プレーヤーが「他のプレーヤーの戦略を前提とした場合に、自分が最適な戦略をとっている」状態。

グロービスMBA用語集

相手がウサギを捕まえて帰ったのに、自分だけ手ぶらで帰ることが続けば、自分もウサギを捕まえるのが自然な反応です。こうして「信頼感」と「不信感」による均衡から、ふたつの最適化戦略が成り立ちます。

鹿を捕らえようとする場合、各人はたしかにそのためには忠実にその持ち場を守らなければならないと感じた。しかし、もし一匹の兎が彼らのなかのだれかの手の届くところをたまたま通りすぎるようなことでもあれば、彼は必ずなんのためらいもなく、それを追いかけ、そしてその獲物を捕らえてしまうと、そのために自分の仲間が獲物を取り逃がすことになろうとも、いささかも気にかけなかった。(ルソー『人間不平等起源論』)

ジャン=ジャック・ルソー 鹿狩りの寓話 Wikipedia

より確実に、両者が「シカ5点」を得るには、どうしたら良いでしょうか?

1.お互いにシカを狙うことを事前に確認し合う。(ビジョンの共有)
2.捕らえたウサギを没収する取り決めにする。(ペナルティーの設定)

などが考えられます。こうしたルールの見直しや、運用の工夫による状況の改善を「パレート最適化(またはパレート改善)」と言います。

パレート最適化とは:厚生経済学で、誰の効用も悪化させることなく、少なくとも一人の効用を高めることができるように資源配分を改善すること。

パレート改善 Wikipedia

猟師同士が「ウサギ1点 → シカ5点」で合意すれば、Win-Winにパレート最適化できます。シカを確実に獲れるようになれば、猟師は毎日狩りに追われる必要がなくなり、時間を他にも有効活用できるようになります。それによって、集落全体がより豊かになるかもしれません。

仮に、猟師同士で問題を解決できない場合、どうすればよいでしょうか?
領主に働き掛けて、コミッショナーとしてルールの策定に協力してもらうことなどが考えられます。ウサギを捕まえる「不信感ゲーム」から、協力してシカを捕まえる「信頼ゲーム」に変わることで、領主のメリットも間接的に増えるはずです。

現実のビジネスでは、開発現場には物理的・技術的な制約が多く、その調整がプロジェクトマネージャーの重要な任務です。言い換えると「交渉材料が多い」ため、パレート最適化を「合理的に進めやすい」側面があります。
しかし、相手が「非・現場」になると少し状況が変わります。「現場の問題は現場の責任」といったドライな分業体質だと、解決の糸口をつかむのが難しくなります。そういった場合は、領主(経営層)を巻き込んで、協力してもらうことが必要になります。

ある脳科学の研究で、脳の血流をfMRIで観察したところ、「近い将来」を考える場合と「遠い将来」を考える場合では、脳が活性化する部位が異なっていたそうです。そして、うつ病患者には「近い将来」を考える脳の部位が、常に活性化している異常が見られました。
つまり、目先のノルマだけを与えると不安ばかりが高まり、ついつい「目の前のウサギを捕まえてしまう」傾向につながってしまいます。まずは組織として、ビジョン(遠い将来の成功イメージ)を掲げて「協力してシカを捕まえる」イメージを共有しておくことが大切です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?