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『「学び合う教室文化」をすべての教室に』古屋和久

協同的な学びの創造を目指した本著。
協同的を目指すために、子どもの「言葉づくり」を徹底的に鍛えているなぁとの印象。
「言葉づくり」とは、著者の造語であり、学級の子どもたちにも浸透している。著者は、聴くことの目的を「自身の内に言葉をつくること」としている。

つまり、聴くことを
①相手が伝えたいことを自分の言葉で伝えることができる。
②相手がどこでそう考えたのか、根拠を探ることができる。
③聴いた内容について、感想や考えたこと、疑問などを自分の言葉にすることができる。と定義している。古屋氏はそれを「アクティブな聴き方」と言っている。一年、もしくは二年(持ち上がりの場合)経った子どもたちは、古屋氏の問いかけに全員挙手をして意見を述べることができる。
しかし、もちろん初めからそれができるわけではない。例えば、本の中に、年度当初、意見を求められるが立ち尽くしてしまって何も言えない児童が登場する。泣き始めてしまうが、古屋氏の対応はブレずに冷静だ。「〇〇さん、泣くのはいいけど、ちゃんと自分のすべきことをしてから泣きなさい。今、あなたがすべきことは泣くことではなく、「もう一回言って」ということです。」と厳しいやりとりも見られる。
「こんな厳しくしたら、子どもがかわいそう」とか、「勉強が嫌いになりそう」と思う方も中にはいると思う。しかし、古屋氏は「厳しさの先に子どもたちが大きなものを得ることができたら、子どもは学びから逃げ出さない」と述べている。古屋氏の哲学を感じるところである。

そういえば、元筑波大学附属小学校の二瓶弘行氏の学級の子どもたちも、同氏の問いかけに対して6年生であろうと全員挙手をして、意見を述べることができる。あの姿は圧巻だが、著書を読むと、やはり4月に徹底している。そのことについては、いずれ紹介したいと思う。

協同的な学びを達成するには、子どもの内に言葉をつくること。そのための年間を通した実践も紹介されている。
①1日のふりかえり
②教科日記
①は、毎日の帰りの会で行っている。輪番制の日直が、その日の1日の学びを全て振り返る。その振り返りに対して、「何か感想はありますか」と問いかけ、2〜3人の子が応答して自身の振り返りをする。
②はその日の学びを子どもが家で振り返る実践である。算数日記と歴史日記が紹介されていたが、どの教科でも汎用可能である。その日に学んだことを自分の言葉で大学ノート1頁程度にまとめる。質の高い日記を書かせるために、①教師がコメントすること②仲間の日記を読むこと③日記が活用できる環境をつくり、活用する機会を授業に組み込むこと、としている。

古屋氏の教室の机の配置は常にグループ(班)の形になっている。毎日、毎時間を学び合いと捉えているからである。古屋氏の授業では、「わからない」が最も大切にされる。例えば、子どもに「今の考えわかった人?」と聞くとする。すると大体多くの子は「うん!」というだろう。すかさず、問い返す。「Aさんは何処でそう考えたのかわかる?」「Aさんの考えは誰とつながっている?」すると、たちまち答えられなくなってしまう。こうして、いかに「わかる」ことか難しいかを実感させていく。そして、「わかるまで何回聴いてもいい」「わからなかったらもう一回言ってと言っていい」と子どもたちに伝える。

さらに、授業でも「今読んだところで「わからない」を見つけよう。見つけたら、「これがよくわからない。どういうこと?」と、聞く練習をしよう」や、授業の終末に今日の授業でわからなかったらところや腑に落ちなかったところは?」などと問いかけている。わからないを学びの出発点にしているのだ。


グループの学びでは、課題が提示されると子どもたちは、すぐに隣の人と話し始める子もいれば、1人で考え出す子もいる。ホワイトボードに書き出す子もいる。私が目から鱗だったのは、「自力解決」の捉え方である。「自力」というと、1人で考える時間と捉えられがちで、わたし自身もそう考えていた。しかし、古屋氏は「わからないことがあった時に、「これどうやるの?」と仲間に聞くことも「自力解決」、つまり自分で問題を解決しようとしている」と述べている。「自力解決」と「一人学習」を使い分ける必要がある。

本書は、子どもたちの実際の学びの場面の写真や子どもの声がたくさん盛り込まれているため、古屋学級に入り込んだ感覚になる。授業改善を目指すすべての人にお勧めしたい一冊だ。

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