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rain -夜間散歩-

ある夜のこと

レインちゃんがベッドに横になっているとベランダの方からコツコツと音が聞こえてきました。

それは蛍のような小さな光の玉が窓を叩いている音で、レインちゃんが近づくとヒトへと姿を変え、恭しくお辞儀をしました。

「こんばんはお嬢さん。」

突然頭の中に美しいアルトの声が響き、レインちゃんは少し驚きましたがこんばんは、と挨拶を返しました。

「今夜は素敵な夜ですね。よければ僕と…、散歩でもしませんか?」

そして突然そう気障に誘い夜の街を指差しました。

「…ええ喜んで。でもお嬢さんはやめて、私はレイン。」

彼は虚をつかれたように瞬きをしましたが、すぐに微笑んでレインちゃんの手を取りました。

「失礼致しました、では行きましょうか。」

外に出ると雨が降り始めていました。

「細い雨がまるで銀糸のようですね。」

「あなたは雨に濡れて平気なの?」

「ふふ、ご心配ありがとう。私は炎ではないので消えてしまう事はありませんよ。レインはとても優しい子ですね。」

ふたりは雨の音をBGMにポツポツと話しながら街をゆったりと歩き出します。

ひんやりとした空気は心地よくレインちゃんのはちみつのような美しい髪はしっとりと水気を含んで輝いている様です。

手を大きく広げ、軽やかな足取りで彼について行っていくレインちゃんでしたが、ふと辺りがいつもより静かな事に気がつきました。

まだそれ程遅い時間では無いはずなのに、街は寝静まってしまったかのようにしんとしています。

「何だか知らない街にいるみたい。」

急に寂しさを感じたレインちゃんは、足を止めてポツリと呟きました。

「ではもう少し賑やかな場所に行きましょうか。」

彼はそう言うと、レインちゃんの手をとって勢いよく飛び上がりました。突然引っ張られたレインちゃんは転ばないように必死についていきます。

煉瓦造りの橋の手摺りを、

幼馴染とよく行く雑貨屋さんの屋根を、

時計台のてっぺんをつま先で一歩

トン と蹴ってひとっ飛び。

街が見渡せるほど昇ったかと思えば、あっという間に雲の上に出ていて目の前には満天が広がっていました。

それを見たレインちゃんが歓喜の声を上げると彼は得意そうに微笑みました。

「空中散歩に変更です。」

雲の上はひんやりしていて気持ちいいですよ。
そう言われたレインちゃんは靴を脱いで、そっと踏み出しました。

雲は口に含んだ瞬間に溶ける綿アメのような、踏んでいるのかいないのか曖昧な感触で、レインちゃんは不安そうに彼にぎゅっと捕まりながらも、ミルキーウェイに手を伸ばして星屑を撫でたり、通りがかりの商人から氷菓を買ったり空中散歩を楽しみました。

雨に濡れたレインちゃんの金の髪がすっかり乾いた頃ふたりは街を見下ろしていました。

「素敵な時間だった。ありがとう」

雲の上に座って足をプラプラ揺らしながらお礼を言うと彼も同じように動かし言いました。

「僕もとても楽しかったですよ。レインといるといつもと同じ宙のはずなのに新鮮に写りました。」

「宙に上がるのはすごく久しぶりだったの。ついはしゃいじゃった。」

照れたようにクスクス笑うと、背筋を伸ばして少し申し訳なさそうに打ち明けました。

「本当はね、あなたが私を訪ねてきた理由分かってるの。」

レインちゃんは彼が口を開く前に続けました。

「少しだけ私の昔話を聞いてくれる?」

「ここに辿り着く前、私がまだ銀河のゆりかごから巣立ったばかりの頃。突然小さな子供たちに灯火のような星の子を渡されたの。預かって、一緒に連れてってあげてって。」

「旅の途中だから受け取れないよって言ったの。でもね、もう追いつけないほど遠くへ飛んで行った後だった。

いつの間にかこの子と同化してしまったみたい。気が付くとこの髪色になっていたの。」

自分の髪というより愛おしいヒトにするようにレインちゃんが優しく撫でると金の髪は強く光出しました。

弱く、強く、不規則に発光する様は呼吸をしているかのようでレインちゃんと違う生命が宿っているのを確かに感じさせました。

「毎晩宙を見上げてこの子の迎えを待っていたの。月日が経つに連れてこの子は不安を増していったけどこうして撫でながら何度も慰めたわ。いつか迎えに来るって確信があったから。そして、本当に出会えた。」

あなたに

レインちゃんは髪を撫でる手をそのまま毛先まで滑らすと、その髪色は眩いはちみつ色から深い夜の紺へ変わり、両手に少女の姿をした星の子が現れました。

「私が来た時から全てわかっていたんですね。あなたには、美しい夢を見てもらうだけの予定だったのですが…。」

彼は少しきまり悪そうに微笑をうかべましたがレインちゃんはそうは思いませんでした。

「素敵なお散歩だったのは本当よ。レディを誘うのにデートと言い止まって散歩と変えたところも可愛らしかった。この子を想っての事でしょう?

さあ、お姫様。お別れの時よ」

彼女を雲の上にそっと下ろし頭を撫でました。

「やっと帰れるね」

彼女はレインちゃんを見つめ、指先と頬に触れるだけのキスをすると、彼の方に駆け出していきました。

ふたりの星の子は強く抱きしめ合いしばらくその場から動きませんでした。

雲の上から部屋のベランダに帰してもらったレインちゃんは、宙に漂うふたつの光を見つめていました。ふたりは決して離れることは無いようにとしっかりと手を繋いで、

「僕たちは旅に戻ります。…よかったら、レインも一緒に行きませんか。」

と誘いましたがレインちゃんは首を横に振りました。

「この街が気に入っているの。もし、あなた達がもう一度ここを通りがかることがあれば、今度は3人でお散歩しましょう。」

ふたつの流星を見送っていると、目の端で二対の輝くものが見えて思わずため息をつきました。

「あまり星の子達を虐めないで頂けませんか。」

その呟きに対して愉快な子供の声が響きました。

「えー?心外だなぁ。僕たちは願いを叶えただけだよ。彼女の見たことのない世界を見たいっていう願いを!ねえ?」

「そうそう。星の子たちは大抵天上に身を寄せるのに、君は地上に留まるって分かっていたからね。願いを叶えるにはぴったりだ。」

この無邪気に笑う双の子供は、悪戯が大好きで特に生まれて間もない星の子を揶揄うのが好きでした。

そんなふたりが星の子願いをまともに聞くわけもなくあの子たちは、離れ離れにされてしまったのでしょう。

「悪戯はもう済んだでしょう。私はもう休むのでどうぞお帰りください。」

レインちゃんはそう言って部屋の中に入りました。双の子供は窓の外で不服そうにしていましたが

「レイン、君の蜜色の髪は本当に美しかったよ。」

「もう見られないのがちょっと残念だな。」

「「また遊ぼうね」」

その言葉を最後に静かになりました。レインちゃんはベッドに横になって本来の色に戻った髪を掬いました。先ほどまでの出来事が思い出され鼓動は高まり、指先の震えを誤魔化すようにシーツを強く握りました。

明日、幼馴染に会ったらなんて言うかな。

この蒼い髪を見て驚くだろうけど、宿っていた子のボーイフレンドがお迎えが来たのよって言ったら私よりも喜んでくれるかも。夜のお散歩、今度は幼馴染とも行きたいな。

星の子との散歩の途中で通りがかった雑貨店のウィンドウに見たことないブローチ飾ってあって少し気になったのよね。新作なのかしら?そう、新作といえば隣のカフェ今月の新作はフルーツティーだったわ。早速学校帰りに行こう。

レインちゃんは、いつの間にか穏やかな寝息を立てていました。


今夜の出来事が再会を果たした星の子によって宙中に広まり、星の子の間で語り継がれるようになったのはまた別のお話。

end






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