最初の一歩は踵から 2話
※架空の病気が出てきます。ご注意下さい
その日は突然だった。
午前の授業終了のチャイムが鳴り響き、いつもなら早々に食堂に向かっているはずなのにクラクラして、立ち上がれなかった。
(またこの夢だ)
「アカツキ、大丈夫?」
机に突っ伏したままの僕を友達が心配してくれるけど返事ができない。段々息が上がってきて瞼の裏で火花が弾けてるような感覚。気持ち悪い。急速に体調が悪くなってきて、クラスのざわめきが煩わしい。静かにしてくれ。
(いやだ、もう沢山だ)
「アカツキ、手めちゃくちゃ冷たいぞ!先生呼んでくる!」
ありがとうって言いたいのに、その声も頭に響いて辛い。ごめん。うつ伏せの体制も苦しくなって、力を振り絞って起き上がったら体制を崩して、そのまま床にばったり倒れてしまった。頭と右腕を軽く打って痛い。
「うっ…え、えほ」
クラスの女子が叫んだのが遠くで聞こえる。はは…大袈裟だよ。
「先生!早くっ!アカツキ君がっっ」
「飛来迷星病者支援機関の救急に連絡して!」
「アカツキ君の足…」
周囲の混乱でその言葉だけやけに耳に入ってきた。
あし?
薄れゆく意識のなか僕の足の裏からさらさらと砂の様な粒子がこぼれ落ちてゆくのを見て僕は意識を手放した。
飛来迷星症---
近年発見された特殊な病。今まで何の不自由もなく暮らしていたはずなのに急激な体質変化で生活が困難になるという。主な病状は体のだるさ、発疹や痒み、節々の痛み、吐き気、高熱など。何処が特殊なのか、それは母星を離れると発症しなくなる、病状が治るということ。
何故なのかはまだ解明されてないみたいだけど、母星にいる限り、どんどん悪化していき最悪死に至るケースもあったらしい。だから病名がわかった時点で、発症者は即支援機関に登録し安住の星を求めて旅をすることになるんだ。
支援機関はこの病気が蔓延し始めた頃に発足された。体質に合う星を探すといっても、広い宇宙に投げ出されたら誰だって路頭に迷う。直ぐには旅に出ることができない人もいる。そこで、病気の原因究明の協力や新星の探索などなどの協力を条件に船の提供や生活、メンタルサポートなど諸々のケアを保証してくれる。途方もない星の数から体質に合う地を探さなければいけない故に”飛来迷星”なんていう名称が付けられたそうだけど、大抵の人は3〜10箇所程でしっくり来る星に巡り合っているという。曰く、馴染む感覚がわかる。のだとか。…曖昧すぎて参考にならない。
僕が発症したのは、数ヶ月前学校のお昼休みの時だった。発症や進行速度は人それぞれ、発症してから気づくまで数年かかった人もいるらしい。それはそれで嫌だけど重症者だとある特徴が出る。
それは足元から砂のような粒子が出ること。
これが何なのが、まだわかっていない。だけど、この症状が出て2時間以内に母星から出なければ助からないと言われている。
僕はその重症患者だった。
友達や先生の早急な対応のおかげで、宇宙ステーション内の支援機関本部に搬送された僕は症状を聞いて、誰も住まなくなって手入れもされず放置された建物がゆっくりと朽ちて風化していくみたいだと思った。僕はあの昼休みの光景をいつまでも覚えているだろう。
(毎晩この夢だ。いつまでもこのままじゃ駄目なのに。)
母星を出てからまだ発作は起きてない。でもまたいつあんな発作が起こるかわからない。このままじゃ悪化していくだけなのに、あの昼休みのトラウマが何度もよぎって動けない。僕はこの数ヶ月宇宙をフラフラ漂うだけの引きこもりだった。
「おおーい。起きて。あったかいうちに食べようよ。」
「おぁぁっっ!」
急に明るい、もっといえば気の抜けた声が耳元で聞こえて飛び上がった。
いつものように船内で引きこもり生活を送っていた僕宛に、差出人不明の小包が届いたか思えば、操作していないのに勝手に目的地が設定され、突然スピード上昇するというトラブルが起きてパニックになっていた。
異変に気付いて連絡をくれた、支援機関の担当者サミダレにサポートしてもらい、何とか船を操作して安堵していたところに、サミダレの提案で、船の指した目的地に行くことになった。初めての着陸で気力と体力をどっと持っていかれ到着したとたん僕は気を失ったのだった。
それが数時間前のこと。
声をかけてきたのは、さっき一瞬起きた時にキッチンに立っているのを見た女性だった。
「よく寝てたね。体調はどう?」
ゆっくり、何度も深呼吸して体に異常が出てないか確認した。
(…まだ、大丈夫そう。)
「平気そうね。初めまして、私はコトリ。この星で夫と二人で暮らしているの。」
「は、初めまして。アカツキって言います。」
「アカツキ君だね。うん、よろしく」
サミダレ以外の人と話すのが久しぶりでどもってしまったけど、コトリさんは特に気にした風でもなく僕の手を取って握手をし、僕が着陸した後のことを教えてくれた。
飛来迷星患者は着陸した星で滞在地、期間、毎日の体調などを担当者に報告する義務がある。ただ僕のような未成年は担当者が代わりに手続きをしてくれる。 そのかわりこまめに連絡をしないと消えないけど。
コトリさんは俺が眠っている間に受け取った書類があると言って渡してくれた。
「ありがとうございます。えっと…滞在期間…10日!?」
滞在は1日、せいぜい3日だと思っていたのに10日なんて長すぎる!何考えてるんだアイツは!あの能天気な顔を思い出してイライラしているとコトンとホカホカと湯気が立つ具沢山のスープが目の前に置かれた。
「まあまあ、とりあえず食事にしないか。」
親しげに話しかけてきたのは背の高い男性。驚く間もなく大皿や小鉢やお茶碗が次々と運ばれてくる。コトリさんも一緒になって用意し出したのでなんとなく居心地が悪くなって椅子に座って小さくなっていた。
「今日もおいしそう。アカツキくんお待たせ。紹介するね。この人が私の彼、ハクメイさん。」
「ハクメイです。よろしく。まあ挨拶はこれくらいにして、食べよう。アカツキ君」
焼き立てのパン、焼き野菜に薄くカットされた肉は香ばしい中にソースなのか微かにベリー系の香りがする。ゴクリとのどが鳴る。ここ数か月、暖かい食事自体久しぶりだったから食卓の上が輝いて見える。
「いただきます。」
「いただきます。」
「いただきます。」
まずは具だくさんのスープから、味付けは塩コショウとシンプルだけど野菜の出汁が濃くてやさしい味わいだ。バターを薄く塗ったカリカリのハードなパンを染み込ませるといくらでも食べられる。赤身肉は焼き野菜を巻いてソースを絡める。肉と野菜の歯ごたえと酸っぱすぎないソースが、
「最高すぎる…。」
最初は遠慮していたけど、結局夢中で平らげてしまった。
「ごちそうさまでした!」
「気持ちいい食べっぷりだったな。」
「おいしそうに食べてくれたねぇ。」
食事中二人が楽しそうにぼくを見ていたのは気づいていたけど改めてそう言われると恥ずかしい。僕は誤魔化す様に、コトリさんが入れてくれた暖かいお茶をごくごくと飲み干した。その時、ハクメイさんが静かに言った。
「なあ、アカツキくん。滞在中ここでアルバイトしないか?」
「…アルバイトですか?」
「そう。俺たちは食堂をやっててさ、こんな辺鄙なところだから基本的に近くに住む常連さんしか来ないんだけど。他にも畑仕事とか色々手伝ってほしいんだ。」
「小さな星だから観光地は特にないんだけど、常連さんもいい人たちだし、のんびりできると思うよ。どうかな?」
二人にそう言われていいなと思ったけど、正直まだ怖かった。でもここで断っても引きこもり生活に戻るだけだろうし、これは僕が変わるチャンスかもしれない。
「よろしく、お願いします。」
少し考えて結局そう返事をした。怪しさもあったけどここでの暮らしで何かが変わる希望を期待して。…勝手に滞在期間を決めたサミダレには一度文句を言いたいところだけど。
続く
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