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貯蓄とは「安心」と「自由」を買う行為である。

みなさんはお金とどのように付き合っているだろうか。お金は使うためにあると考え、あればあるだけ使うタイプの人。将来を不安視するあまり、いたずらにお金を貯め込む人。そもそもお金に無頓着な人。様々な人がいると思う。

お金との付き合い方

みなさんのお金との付き合い方は、数直線上で1番左側を「お金をすべて使う」と定義し、1番右側「お金をすべて貯める」と定義すると程度の差はあれど基本的にその中間に分布することになる。

私はその数直線を4等分した場合、左から3番目、右から1番目の「お金をやや貯める」におそらく分類される。私は節約家であり、余ったお金を投資に回して将来にわたる資産形成を目標としている。現在、大学3年生である私の保有資産は現金50万円、投資信託10万円、個別株式6万円である。(今後、現金と金融資産の比率は1対1にしていきたいと考えている)

そんなことを言うと、「お金は使うためにあるのだから、使わないと意味が無い」や「死んでしまったら貯金の意味が無い」、「お金は経験に変えるべきだ」などとお金を使う派の人々の意見が聞こえる。至極正論である。お金を使い切るという斬新な考えで大反響を巻き起こしたマネー本『DIE WITH ZERO』では、いたずらな貯蓄は良いものではないとされている。

個人的にはかなりお気に入りの名著。
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では貯蓄は悪なのだろうか。私はそうは思わない。私もお金は使うためにあると考えているし、お金を使って人生を楽しむことは大切だと考えている。結局は程度の問題である。ではなぜ私は貯蓄をするのだろうか。

貯蓄をする理由

それはこの記事の題名になっているように私が貯蓄を「安心」と「自由」を買う行為であると捉えているからだ。どういうことだろうか。説明していこう。

みなさんは日々の生活の中でお金を使う場合、「モノ」や「サービス」の対価として利用ししていることがほとんどだと思う。いわば快適や幸せを得るためのツールだ。美味しいご飯を食べたり、電車で素早く移動したりするにはお金は必須だ。

それと同時にお金は不利益を被らないため、もしくは不利益を最小限に留めるための防衛手段でもある。急な病気に対する医療費やリストラのために取り崩された貯金などがこれにあたる。これらの出費は決して楽しいものではない。

しかし、人生にはリスクがつきものである。いつ病気やケガをするかわからないし、自分が大切にしていた物が壊れるかもわからない。職場で理不尽な目にあい、急遽退職をする羽目になるかもしれない。そのリスクに対応するために資産は必要なのである。

また、資産はチャンスを掴むための積極的手段でもある。資格の勉強をするために予備校に通ったり、貴重な体験のために海外へ急遽飛び立ったりするなど資産があればチャンスを掴みに行くことが出来る。

さらに、資産の額は自分自身が働かなくても良い期間も同時に表す。例えば、資産を1,000万円持っていて年間の支出額が200万円の人がいるならば、その人は少なくとも5年間は働かなくても生きていける。職場を辞めるのも、チャンスのために海外へ飛び立つのもその人の自由である。

(これに派生する考えとして、例えば時給1,000円の人が1,000円を無駄遣いするのは彼の1時間をどぶに捨てる行為であると私は考えている。現代において時間とお金はほとんど等価である。)

まとめると、お金を使う派の人は「モノ」や「サービス」を買い、お金を貯める派の人は防衛手段や積極的手段、自由の尺度して資産を築く。それはすなわち「安心」や「自由」を買う行為なのである。

後記

私はお金を使うことを悪だとは全く思わない。私が「安心」や「自由」を買う一方で、使う派の人々は「モノ」や「サービス」にお金を使っているだけだ。むしろ経済と言うマクロな視点で見た場合、消費は活発に行われるべきである。全世界の人々が私のような節約家になったら経済は大きく停滞すること間違いなしだ。なので浪費家を咎めるつもりもないし、むしろ経済を回してくてることに感謝をしている。私が果たせなかった役目を彼らは経済の中で果たしてくれているのだから。

この記事が誰かの資産形成や蓄財に一役買うことがライターとして出来たら嬉しい限りである。


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