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とある一人の男が占い師になるまで #10 ~信用金庫職員編~

早いもので信用金庫に入社して半年近くが経とうとしていた。
先輩職員の退職や、イベント応援のための度重なる休日出勤などが影響して、男のモチベーションが徐々に下がりつつあったが、ある日、男は入社して以来の最大のピンチを迎える事になる。

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『はあ、忙しいなあ~』

金融機関には、通称トウ日(5、10、15、20、25、30・31日)と呼ばれる忙しい営業日がある。
これらの日は給料振込日や年金振込日という事もあり、店舗内はかなり忙しくなるのだ。

既に私は本出納業務を一人で担当する事になっていた。
忙しい時は女性の先輩職員が手伝ってくれる事もあったが、彼女も窓口業務や預金業務の応援に入る事が多いため、いつまでも先輩に甘える訳にはいかなかった。

そして忙しい時というのは、どうしても焦ってしまうものだ。
新札や両替機の補充など、手動でお金を出し入れする時ほど注意しなければいけないのだが、「忙しい時ほど慎重に作業しなければいけない」というのは、支店長や次長を始め、上長職員や先輩職員たちからも常に言い聞かされてきた事だ。

私もそれは十分心得ていたつもりだったが、ある日、お金を出し入れする本出納の機械が故障してしまったのだ。
よりによって、物凄く忙しいゴトウ日にである。

『うわあ~マジか……』

お札が詰まっている程度のものであれば、それを取り出せば良いだけなので、自分一人でも十分修復できるのだが、機械の部品に何かトラブルが発生している場合には、業者の人を呼ばないと自力で修復するのは難しい。

そして今回の故障は、業者の人を呼ばないと修復できそうになかったので、仕方なく私は業者の人に連絡をした。
向こうも忙しいらしく、到着するまで一時間ぐらいかかりそうとの事だった。

待っている間、当然ながら作業がどんどん滞ってしまう。
『早く来てくれ……』と気持ちばかりが焦っていく。

しばらく経ってから業者の人が到着し、機械を修復してもらった後、急いで溜まっていた作業を再開する。
焦ってはいけないと思いつつも、どうしても焦りの気持ちを抑え切れない。

何とか無我夢中で目の前の作業をこなしていき、営業時間も終了して、締めの作業も行ってから、最後に機械の数値と手持ちの現金が一致しているかを確認した。

『合わない……』

何度見ても、数字が一致していないのだ。
こうなってしまっては、とにかく原因を追究して、数字を合わせないといけない。
そうしないと、私だけでなく、職員全員が帰れないからだ

私は自分の記憶を辿りながら、どこかに現金が落ちていないか、入力ミスはなかったか、必死に確認をした。
しかし、どうしても見つからなかった。

次第に先輩職員たちも異常な事態に気づいて、数値が合うまで一緒に手伝ってくれていた。
内勤の職員たちだけでなく、外勤の職員たちも手伝ってくれた。
私は申し訳ない気持ちで一杯になった

時間が経つにつれ、職員たちもピリピリムードになっていった。
店舗内をくまなく調べて、現金が落ちていないかを全員で探しまわっていた。

そして、夕方から夜の時間帯に差し掛かろうとしたとき、私を指導してくれていたベテランの女性先輩職員が原因を見つけてくれたのだ。
現金がどこかに落ちていたという事ではなく、私の処理の仕方に問題があっただけだった

一致したのは良かったが、当然、私はその先輩職員からも叱られたし、支店長や次長からも厳しく注意された。
私はひたすら謝るしかなかった。

私は、M支店のすべての職員に謝ってまわった。
厳しく注意する人もいれば、慰めてくれる人もいたし、特に何も言わない人もいた。

途中で機械が故障し、それによって焦ってしまったというのもあるかもしれないが、それを言い訳にしてはいけないと思う。
そういった忙しい時でも焦らず冷静に処理していく事こそ、この仕事をしていく上で非常に大切な事だと言えるからだ

事実、私はこの日、思い通りに作業が進まなくて物凄くイライラしていた。
それが原因となって今回のミスを起こしてしまった事は否めない。

この件については、仕事に対する嫌悪感とか、自分に対する苛立ちとかよりも、ただただ支店の全職員の人たちに申し訳ないという気持ちしかなかった。
これもまた、私にとって一生忘れる事のない出来事だったと言って良いだろう。

しかし、不思議と仕事を辞めたいという気持ちにはならなかった。
私が仕事を辞めたいと思うのは、きっとこういうミスをした時ではないのかもしれない

To Be Continued ➤



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