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まちをつくり、人をつくる医師。オレンジホームケアクリニック 紅谷浩之先生(後編)


連載これからのまちづくりの話をしようは、下北沢から少し離れて、リ・パブリックの内田友紀さんと地域ライターの甲斐かおりさんにナビゲーターをお願いし、「社会システムDIY」をキーワードに、これからの時代に必要な個人の、組織の、まちという社会との関わり方を探っています。

今回は福井県福井市を拠点に10年以上にわたって在宅医療クリニック「オレンジホームケアクリニック」を経営する医師、紅谷浩之先生へのインタビューの後編です。内田さんが、この時代を生きる私たちみんなの「幸せ」とはなにかをキーワードに、引き続き紅谷先生の取り組みについて伺います。

※前編はこちら↓


「完全である健康」から、「それぞれが定義する健康」へ


ーー(前編でお話のあった)紅谷先生が担当されている軽井沢の風越学園の内科検診で用いられている、ポジティヴヘルスのような考え方ですが、健康の捉え方としてこうした考え方が生まれてきた背景には一体何があるのでしょうか。

紅谷:そもそも、“健康の定義”には、1948年に WHOが掲げた「身体的、精神的、社会的に“完全であること”」という考え方が強く影響しています。

ここに見られるように、かつては完全な状態からの「欠如」を数える時代だった。あわせて、実は健康だけじゃなく幸せの定義としても、みんな「完全であること」を望んでいたんじゃないかと思います。かつての「幸せの完全体」とは、例えばいい大学にいっていい企業に勤め、マイホーム・マイカーを持つ、というようなパッケージ。

平均寿命が60-70歳だったころは、「もっと長生きをする」のが国民みんなの目標でもあって、そのためには(栄養や身体の)欠如を補う考え方には有効な部分もありました。でもいまは平均寿命が80歳を超えていて、そしてほぼ誰もが、いつか介護を受ける時がくるとわかっている。今は、「体が不自由になるのを前提とした上で、いかに豊かに生きるか?」に人々の関心が集まっています。

最近では、かつての幸せのパッケージとは違って、「家を持つことはむしろ負債だ」と思う人や「大学を途中でやめて好きなことをやろう」という人も現れてきていますよね。健康や医療は行政が仕切っているので変化が遅い領域ではあるのですが、この領域でもじわじわとではありますが「癌になっても俺は手術しないぞ」などの個人の選択が受け入れられる時代にもなってきた。

「完全であること」だけが正解ではない。健康や幸せの考え方が多様になってきています。ポジティヴヘルスはある意味、これまでの「完全であることが健康」という考え方を「それぞれが定義する健康」へと転換する、わたしたちを支えるアプローチの一つなのだと思います。

写真①_ほっちのロッヂ外観

健康の新しい形に紅谷先生が取り組んでいる「ほっちのロッヂ


エネルギーのベクトルを支える医療へ


ーー 奇しくも、今回のコロナ禍によって、誰もが今までにないほど心身の健康に目を向けました。在宅医療の患者さんたちにとっても、厳しい時間だったのではないでしょうか。

紅谷:コロナ禍でみんなが息が詰まっているときも、「こんな状況におかれているのに、なんでこんなに元気なんだろう?」と思わされる人たちがいました。彼らは「病気で体が制限されている」ということではなくて、状況を受け入れた上でその地点から思いつくプロセスを楽しんでいるようでした。

健康も幸せも、先ほど申し上げたように「完全であること」をゴールにしていた時代は、100点からの不足を数えていたと思います。だけど彼らは、日々を豊かにするプロセスを楽しんで生きている。ポジティヴヘルスの考え方と同じですよね。「完全=100点」を基準とすると、普段から70点の人が50点に下がっていることも、見方を変えれば「ダイナミックに生きている」とも言えるかもしれません。

とくにALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者さんは大人になって発症する方が多いから、自由に動けたころの自分を知っています。その頃から比べて機能が落ちていくと考えるとしんどい。医者も、「今日は右足の力が落ちましたね」と状態診断だけを伝えていると、悪いことだけを言いにくる悪魔みたいな存在になっちゃいます。もちろん、昔の状態を前提として考えてしまうのは仕方がないのですが、機能が落ちていくことに焦点を当てるよりも、その人がこれからやりたいことに焦点を当てる方がいいんですよね。

ーー(以前教えてくださった)オレンジホームケアクリニックで在宅医療をされているALSの患者さんの、ご自宅での暮らしも衝撃でした。

紅谷:そうですね、彼はALSで首から下が全く動きません。どんどん体の筋肉が萎縮して、周囲から見ると一人で暮らせないような重い疾患を持っています。だけど彼は自宅で暮らすことを選択して、ヘルパーさんや看護師さんの力を借りながら、寝たきりならぬ「座りきり」生活をしていらっしゃる。
「指先一つ動かさずに酒を飲めたり見たいテレビを見れるのは、おれかアラブの王様くらいだろ。」と言っていたこともありました。そして、僕が忙しそうに次の診療に行こうとしたら、「先生、不健康だね」と言われたこともある。(笑)

彼はね、「体が動かないことが不幸なんじゃなくて、それを理由に自分で決められなくて好きなことができなくなる方が不幸だ」と言うんです。体が動かないのは家にいても病院にいても変わらない。じゃあ、何が大事なのかを比べたときに、ボタンを押せば看護師さんが走ってきてくれるけど病院にいなくちゃならない生活よりも、家にいる生活のほうが自由だし、健康的だというんですね。

写真④_患者さんの写真


紅谷:電動車椅子と目線入力でブログを書こう、とか、その勢いで会社を立ち上げちゃえ、というような人もいる。今の体の状態は前提に、うごめくようにこれからやりたいことが発想できるようになると、エネルギー度合いが高くなってきます。そんなエネルギーの高めかたを、医療者や福祉者が一緒に準備してゆくことが重要だと思います。そうでないと、医療とか福祉は「悪いところを指摘しにくる嫌な人」に留まってしまいます。

状態を支えるよりも、次のエネルギーを生み出すベクトルを支えるように、医療や福祉が進化していかないといけない。先日あったALSの嘱託殺人事件も、大変悲しい事件でしたが、根本にはどこかに、生きるなら「完全な状態」でなくてはならないという発想があって、それが苦しさを増してしまったという側面があるのかもしれません。

脱医療へ向けて

ーー 今の在宅のALS患者さんのお話もそうですし、「オレンジキッズケアラボ」や「ほっちのロッジ」など先生のお話を伺っていると、先生がこの先何を見据えていらっしゃるのかさらに伺いたくなります。


紅谷:これまでは訪問医療を通して、「彼らの生活を舞台にした医療」を実現しようと取り組んできました。これからはそれに加えて、脱医療を目指したい。医者自身がいうのも変な話ですが、健康だから医療なんていらないよ、と言う人たちを増やしていくようなステップに取り組んでいきたいと思っています。

ーー 福井には、新たに、カフェやジム*を併設した診療所もオープンされたそうですよね?(*ジムは2021年中のオープン予定)

紅谷:はい。そこでは診療所に入る前にカフェがあります。診察を受けにきたけどカフェでおしゃべりしてたら元気になった!という人がいたら「診察を受けずに帰る」ことも歓迎する場所です。これまでは、医者と出会うきっかけが「痛い・苦しい・辛い」だったけれど、これからは「楽しい・ワクワク」するきっかけで出会う医療チームを目指したいと思っています。

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紅谷:コロナ禍は、「医者の役割ってなんだろう?」を突きつけられた期間でもあったと思います。というのも、外来受診がすごく抑制された結果、病院は経営難になっているけれど、死亡者数が増えているわけではないのが現状のようなのです。これは、病院のビジネスモデルの問題だと思います。

整形外科や小児科の受診が減る背景には、「病院でのおしゃべりがダメなら湿布屋さんでいいや」、という整形外科に通っていたおじいちゃんおばあちゃんがいたり、子供の様子が少し不安で病院に行っていたお母さんたちが、それを上回る不安が出てきたら病院に行かずに解決する、ということが起きている可能性がある。

そう思うと、患者さんたちが本当に必要としていることはなんだったのか、医者や病院はそれに応えてきたのか?ということが気になります。オンラインで顔見知りとおしゃべりできる場や、看護師・医者に相談できる機会があったら解決できることがあるのかもしれない。医者や病院って、本当はどれだけ必要だったのだろう?ということを、少し自虐的だけど実証してゆこうと思っています。

医者の仕事がまちづくりになる未来

ーー 医者は医学的な治療だけでなく、「患者さんたちとの場をつくる」ことも求められているのではないか、ということでしょうか? そうすると、保険診療以外で稼げる、新しいビジネスモデルが必要になりそうですね。

紅谷:その通りだと思います。今は保険診療制度を利用すれば医療機関がもうかる仕組み。そのビジネスモデルに帰結していると、残念ながら患者さんを作り続けることで医者がもうかる、という構造に結果的になってしまう。人が病気になった方がもうかるというのは、やっぱりハッピーなモデルじゃないですよね。

でも先ほど考えたみたいに、患者にとって医療処置以外にも大切なことがあるならば、医師としての稼働が少なくていいぶん、医者もまちづくりや場づくりに関わってゆけるということだと思います。それは夢がある。
ハッピーに基づく医療の仕事の形、新たなビジネスのモデルを考えていきたいですね。

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取材を終えて

紅谷先生の話を伺いながら、いつの間にか私たちは「健康」の判断を専門家に委ね、かつて作られた制度や慣習に安住していたのだと気づかされた。時を経て社会が成熟し、「健康」やそれに伴う幸せの考え方を専門家や制度に委ねることが、時代にも私たちの実感にも合わなくなっていたのだ。

その堅牢な枠組みを超えてゆこうと、紅谷先生をはじめとする医療者たちがさまざまな挑戦をはじめている。紅谷先生の事業にはいくつも保険診療を超えた事業形態があるため、会社をつくり、投資・融資も繰り返しながら活動の枠組みを広げている。すごい勇気ですね、と言うと、ニヤッと笑いながら、「僕たちの会社が潰れずに10年以上やっていられると言うことは、世の中がこれを求めていたと言うことです。制度から変えるのは時間がかかるから、僕たちの実践が契機となり変化してゆくと嬉しいですね」とおっしゃった。

彼らが向き合っているのは、「疾患に対する医療行為」だけではなく、人の暮らしを中心にした「幸せに生きるとは?」という私たちに共通する根源的な問いそのものだ。専門 / 非専門を超えて、ともに今の時代の、それぞれの「幸せ / 健康」とは?を更新し続ける一端を、私たち個人も担えるはずだと勇気をいただいた。


紅谷先生の、社会システムDIYのヒント
・社会の変遷と制度の歴史を照らし合わせ、不具合が起きている背景を冷静に見つめる
・自身の専門的/制度的役割(医療行為)の範囲を超えて、必要な行動を小さく始める
・楽しみながら、仲間を増やす
・その姿をみて、徐々に周囲が変化し、制度が変化してゆくことを歓迎する

※本記事は2020年秋のインタビューをもとに作成しました

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※紅谷先生もアドバイザーとして加わっている、XSCHOOL2020「わけるからわからない😉ー医療とわたしのほぐし方」。2021年3月6日にオンラインカンファレンスを開催します!詳細・お申し込みはこちらまで。
https://www.facebook.com/events/2016934451779837/

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内田友紀 さん

早稲田大学理工学部建築学科卒業後、メディア企業勤務を経て、イタリア・フェラーラ大学にてSustainable City Design修了。リ・パブリックでは、都市型の事業創造プログラムの企画運営をはじめとし、地域/企業/大学らとともにセクターを超えたイノベーションエコシステム構築に携わる。次代のデザイナーのための教室XSCHOOLプログラムディレクター。内閣府・地域活性化伝道師。グッドデザイン賞審査委員。twitterは こちら

取材・文/内田友紀 編集/散歩社


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