【いい店の人と考える、これから先のいい店って? vol.6】角田太郎さん(カセットテープ専門店 waltz 店主)
時代の波とコロナ禍による大きな転換期を迎えている今、お店というもののあり方も大きく変わりつつある。
お店というのは、住まう人や訪れる人と地域を結びつける、街にとっての窓みたいなものなのではないか。そう考えたとき、これから先の街を、社会を、そして住まう人を元気にしていくような「いい店」とは一体どういうものなのだろう。
お店を始めたい人も、既にやってる人も、いい店が好きな人も、みんなが知りたいこれから先の「いい店」のことを、実際に「いい店」をやっている方に聞いてみたい。今回登場いただくのは、東京・中目黒のカセットテープ専門店〈waltz(ワルツ)〉の店主、角田太郎さんである。
Amazon社員だった角田さんが、カセットテープ専門店を立ち上げるまで。
高層ビルが建ち並び、駅周辺や高架下には個性的な飲食店やアパレルショップ、雑貨店が軒を連ねる東京きっての人気スポット、中目黒。駅近くを流れる目黒川沿いは春になると桜が咲き誇り、川に覆いかぶさるような桜のアーチを見ようとする花見客で終日混雑することでも知られている。
一方、中目黒は繁華街であると同時に、昭和初期から続く住宅街でもある。駅から数分も歩けば喧噪はどこへやら。裏通りには小さな公園がそこかしこにあり、夕方ともなれば子供たちが駆け回る。そんな道をのんびり歩いて駅から10分ちょっとの場所にあるのが、カセットテープ専門店〈waltz〉である。
元々倉庫として使われていたという建物を利用した店舗は、無骨な4枚の横開き扉が目印。その大きな扉を開くと、鮮やかなインデックスに彩られたカセットテープが並べられた平台と、広い店内に余裕を持って配置された棚が見える。店主の角田太郎さんは、7年前の2015年にこの店舗を構えた。
「僕は2001年から2015年までアマゾン・ジャパンで働いていました。入社した当時はアマゾンの日本法人ができたばかりで、僕の専門分野であるCDやDVDの小売事業を新しく立ち上げるタイミングだったのですが、そこで実績を作ることができ、その後も数多くの関連事業に関わりました。とても充実した時間を過ごしていたんです。
ですが、一つの事業が落ち着いたらまた次の新規事業を作り、うまく行っていない事業があればその立て直しを任される。そういったサイクルが何年も続くうちに、大きな組織の中で求められた役割を果たしていくことに次第に疲弊するようになってきました。そうした頃に年齢が40歳を超え、このままだと会社に人生を決められていくようで良くないなって。それでアマゾンを辞め、プライベートで集めていたカセットテープを使って新しい仕事ができないかと考えたのです」
音楽媒体の中心がCDに切り替わったことで生産数を減らしていたレコードが昨今再び注目され、世界中でブームとなっているが、角田さんが集めているのはレコード以上にニッチともいえるアイテムだ。30代半ばから上の人であれば、かつて、録音媒体としてカセットテープを使っていた経験があると思うが、ミュージシャンや歌手がアルバムをリリースする際、レコードやCDと同様にあらかじめ曲が収録された、日本では「ミュージックテープ」と呼ばれた音楽ソフトとしてのカセットテープも少数ながら生産されていた。角田さんはそれを1万タイトル以上所有していたのだ。
「日本ではトラックの運転手がカーステレオで聴くためのミュージックテープがよく売られていて、演歌のイメージが強かったのですが、僕が中高生の頃、当時井の頭通り沿いにあった渋谷のタワーレコードに行くと、よく輸入物のミュージックテープのワゴンセールをやっていたんです。一本一本見ていくといわゆる名盤も含まれていて、それが600円くらいで入手できる。レコードやCDに比べると激安ですし、当時どの街にもあった貸しレコード屋でソフトを借りて、家でカセットに録音するよりもお手軽なんです。そんな感じでカセットを集め始めたんですよ。
カセットの専門店なんておそらく世界で誰もやっていませんし、やるとすれば僕ぐらいだろうと。住宅街のど真ん中に店を構えたのは、地元が近いので勝手知ったる場所でやりたいと思ったのと、たまたま出会った今の物件が気に入ったからです。ある程度広さがあり、間口も大きく、かつストックルームを兼ねられる。あとは駅から遠く、そもそも貸し倉庫として賃貸に出されていたため賃料が安く、無理せず自分のペースで営業できそうだということが決め手でした。
来ていただければわかる通り、ここは人通りも少なく普通に考えればおよそ商売に向いている場所ではありません。しかし、それは裏を返せばこの先も周りの環境が変わる可能性が非常に少ない、ということでもあるんです。
賑やかな場所に出店してしまうと、最初はどんなに高い理想を持っていても、ある日隣に巨大なビルが建ったり、再開発で大きな道が通るなど、自分がコントロールできない部分で周囲の環境が激変することが往々にしてあります。せっかく店をやるなら、僕なりの美意識を貫き通せる環境でやりたい。その意味では、住宅街の真ん中にポツンと店を構えることは一番求めていた形だったのかもしれません」
〈waltz〉は基本的には地図アプリを見ながらわざわざ訪れるタイプの店舗であり、交通至便な場所である必要はない。2015年8月のオープン時はホームページを開設しただけで、何の告知も打たなかったという。
「それでも、オープン日の開店時には〝もうやっていますか〟とマニアのお客さんが来られましたし、噂が広まるのはあっという間でした。海外メディアの取材も頻繁にあったし、コロナ禍以前は1日の来客のほとんどが外国の方ということもしょっちゅうありましたね。
インバウンド関連の来客は言うまでもなくコロナ禍で激減しましたが、そのタイミングで通販事業が大きく伸びたんですよ。国内からの注文はもちろん、日本に来れなくても海外からオンラインショップでオーダーしてくれるお客さんが多いので、売上の面では非常に助かっています」
カセットテープは〝懐かしいもの〟ではなく、新しい価値を持った音楽メディア
2015年のオープン当初はカセットやレコードなど、角田さんのコレクションが棚に並べられていた。それらは今なお主力商品ではあるのだが、ここ数年新たな商品が含まれるようになったという。それが「新譜のカセットテープ」である。ラインナップは輸入品が中心だが、日本のアーティストの商品も少なくない。
これは日本でもレコードブームから派生する形でカセットテープにも注目が集まり始めたこと、さらには〈waltz〉はもとよりレコードショップでも中古のミュージックテープを扱う店が増えたことで、ミュージシャンが新譜ソフトとしてカセットテープをリリースする流れが生まれたのが大きい。店の中央の平台に並ぶカセットテープは、すべて新譜商品というから驚くばかりである。
「今年発売された山下達郎さんの新譜『softly』でカセットがリリースされたことが象徴的で、当店でもよく売れています。CD全盛でレコードの新譜がリリースされなかった時代でもレコードにこだわって聴き続けた音楽ファンは多く、過去に幾度かのレコードブームもありましたが、カセットに関しては元々購買層が限られていたし、海外でも日本でも、音楽文化としては一度終焉しているんですよ。
ウチで買ってくれるお客さんは当時からミュージックテープを聴いていた人も少なくないですが、若い方が本当に多いんです。彼らはカセットをノスタルジーではなく、まったく新しい音楽メディアとして捉えている。だから僕自身も〝懐かしいもの〟を扱っているという意識ではなく、カセットテープに新しい価値を付与して、世の中にプレゼンしていくつもりでやっているんです」
ゆえに、角田さんはカセットテープだけではなくそれを聴くためのラジカセや〈ウォークマン〉などの再生機器も取り扱っている。それらは昭和~平成初期に作られた中古品ゆえ、故障していればメンテナンスして使える状態にした上で店に出す。初めてカセットテープに触れる若いお客さんには、カセットの基本的な構造から巻き戻しや早送り、A面B面をひっくり返す作業までこと細かに教えているという。
「扱っている商品が基本的に一点物なので、在庫のストックには常に気を配っていますし、オリジナルのトートバッグやカセットテープの収納ラックを作るなど、〈waltz〉で買い物をすることを楽しんで貰えるよういろいろ考えています。また、音楽から派生するファッションや映画といったカルチャー全般をカバーする意味で、古い雑誌も販売しています。中目黒という土地柄、そうした商品を買い取りしやすいのは大きなメリットですね。
正直、この時代に店舗を構えることは楽ではありません。それでも僕が実店舗にこだわるのは、1990年代に大手レコード店の〈WAVE〉でバイヤーをしていたことが大きいんです。〈WAVE〉は80年代のいわゆるセゾン文化を担った存在ですが、CDショップのメガストア化の波に乗り遅れる形で終焉を迎えてしまった。そのときにやり残したことがたくさんあって、実店舗のビジネスにもう一度挑戦したい思いがずっとあったんです。
その意味では自分なりのスタイルで店舗を続けられていることや、音楽サブスク全盛の時代に、自分が元々好きだったカセットテープというアナログなメディアが注目され、それで商売ができることにはとても満足していますよ」
角田太郎さん
●つのだ・たろう WAVEのバイヤーを経て2001年アマゾン・ジャパンに入社。日本でのアマゾン黎明期に多くの事業に携わり、2015年退社。同年東京・中目黒に〈waltz〉をオープン。
waltz
住所:東京都目黒区中目黒4-15-5-101
営業時間:13:00 〜 19:00
月曜定休
https://waltz-store.co.jp/
オンラインショップ https://waltz-store.online/
写真/石原敦志 取材・文/黒田創 編集/木村俊介(散歩社)
散歩社のウェブサイトができました→→→ https://samposha.com/
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