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短期連載 「Senriと良子のおしゃべり泥棒」4(最終回)

洪水や強風だからってガッカリせずに、目先を変えて古着や帽子を見ておいてよかった。「あ、これいい!」とRyokoさんがその場で即決されたものは10代から着続けてるって言ってもいいくらい似合ってて、レッスンの気持ちを上げてくれる。側で見てるこっちまでウキウキするのだ。

まずはリビングでコーヒーを淹れる

時間なんて一旦流れ始めたらあっという間にそれこそ土砂降りの雨のようにどんどん濁流になり、溝から川へ、川から湾へ流れていってしまう。ローレンの授業の後の2日間はJunkoレッスン。どんどん覚えてどんどん忘れてまた覚えるの繰り返し。

桜が咲いた

僕もニュースクールでJunko先生に習ったDiplacement(置き換え)。これはソロのフレーズを始めるポイントを色々とDiplaceする(置き換える)エクササイズだ。なかなか楽しいのでちょっと書き記しておこう。

こう、頭の中を空っぽにしていきますね

Swing Feel(スイングして横に揺れてる感じ)で4拍子の曲でいきましょう。その中でまずは短い自由なメロデイを歌ってみる。例えばみんなが知ってる「チューリップ」にしてみましょうか。「咲いた〜」このフレーズで。

まずカウントしていきますね、1、2、3、4、1、2、3、4、、、、

「咲いた」(1、2、3で4拍めが休符)。

これを次に、1を休符にして、2、3、4、で「咲いた。」と歌ってみる。(1小節いっぱいで歌い切れますよね?)

今度は1、2、を休んで、3から「咲いた」を歌ってみる。(次の小節の1拍めで歌い切ります。)

最後は1、2、3、を休んで、4から次の小節にかけて、「咲いた」を歌ってみる。(終わりの「た」の位置は次の小節の2拍めの場所になります。)

「たんでんなんですねえ」 「うーむ、そうか」

「1さ、2い、3た、4休、1休、2さ、3い、4た、1休、2休、3さ、4い、1た、2休、3休、4さ、1い、2た、3休、4休。」

どう?1、2、3、4、に言葉を載せて書いてみた。これがDisplacement(置き換え)である。この「咲いた」の代わりにどんなフレーズでもいい、「ジャズのインプロビゼーションのフレーズを考えてエクササイズをやってみよう。

これができるようになったら次はフレーズの長さを変えてやってみるといい。赤ちゃんが言語を覚えるようにどんどん長いフレーズにする。そんなふうに延々と拍数を使って空間の切り取り方を数学的に割りながら練習していく。もちろん慣れてくるとDisplacementの順番をシャッフルしてもいいし、そう考えるとこれだけでも、インプロビゼーションのアイデアって無尽蔵にあるわけだ。

チェストボイスとヘッドボイスをミックスするでしょ? エラとは違う感じね

次に音の使い方。ジャズの歌唱で最も重要にさなるのがクロマテックスケール(半音スケール)だ。普通ドレミファソラシド、ダイアトニックスケール。ポップやフォークはほとんどこれを使ってメロディが作られている。しかしジャズの場合、半音を使ってフレーズを密集させて更にそれを早く歌ってみると。効果的に言葉の情報量を一気に伝えられるし、短い時間をうねらせるリズム的効果が出る。面白いでしょ?

右手と左手で違う拍子でやるのもいいよ(4拍子と3拍子とか!)

ただ一つやる時に気をつけなければいけないのがピッチの正確さの意識だ。ほんの少しフラットしたりシャープするだけでもクロマテックスケールの効果が薄れる。なので音符のど真ん中に串刺しするようなイメージでどの音もドンピシャなピッチを意識して歌うといい。

バッチリよ!   YAY!

歌う時の身体の癖をジャズ式に変えるエクササイズも行う。首から下をドラムセット、つまりリズム楽器だと想定して、左手のスナップが1、2、3、4、の2、4で、右で4拍(1、2、3、4)を打ってみる。これを同時に機械的にやりながら、お尻をキュッとあげクリンクリンと回しながらやってみる。たんでんでグルーブを掴んでいくのだ。

両手を別の方向へ動かしながら歩くのもいい 脳の指令でメンタルのバランスを保てる

僕は右手で復習用の動画を録画しながら左手で伴奏しているので大変な忙しさだった。画面が少しでもズレると後で帰国してから復習しづらくなるので細心の注意を払いつつ一人二役。でも、どんどんRyokoさんが進化するのを間近で見れる喜びは大きい。

ジャズの遊び場に花が咲いた

「ああ、面白い。わ、またできない。あ、少し変わった。出来た。」

一喜一憂しながらの切磋琢磨。リズムやスケールを数学的に考えてジャズにしていくと言葉(歌詞)がいきなり浮かび上がってくるから不思議だ。「咲いた咲いたチューリップの花、色々あるざぜざぜどうーや。どの花見てモ、リラリーやリーや。」格好いいフレーズが決まると3人はヒューヒュー声をあげて拍手をするという賑やかな練習風景になった。このノリがきっと大事なんだよね。

満開!

これ以外にもさまざまなエクササイズを限られた時間(一回のレッスンは3時間、でも4時間近くやってる、笑。)の中で次から次へトライするので、伴奏をしている僕さえクタクタなのに、Ryokoさんは1ミリも弱音を吐かない。

「ええ?だって、楽しいんだもん。わあ、って感じ。これなんだって掴んだつもりでやるとまた戻っててダメになる、悔しい。で、またやると今度はもっと長いフレーズがそのノリでできちゃう。だからもう、大変だけどそれが楽しく楽しくてしょうがない!」

前回の留学よりも更にまた前へ

最終日は自分でホテルで借りたソーイングセットで付け直したというボタンのカーデイガンを着て。これ初日の雨の中、古着屋で一目惚れしたやつだ。

レッスン終了で次の現場のチャイナタウンへ飛び出して行ったJunko先生を見送ってから、お腹が減った僕と二人で打ち上げがてらフィッシュ&チップス+Spicy BBQ Chicken Wingを食べに行く。今回は一緒にご飯するのって初日以来かもしれない。

カリカリにあげたフィッシュとサクサクのチップス

4日間の授業とジャズにまつわる細かな話、それぞれの人生や日々の中のささやかな話、もうてんこ盛りの「Senriと良子のおしゃべり泥棒」の大団円だった。Ryokoさんはバーテンダーの作ってくれた「Ryoko Special」というカクテルで、僕はダイエットコークで、短期留学2のお疲れちゃんを乾杯した。

手応えあり

「じゃ、次は5月ですね。」

「はい!ありがとう!!」

ウーバーから手を振るRyokoさんの顔が晴れやかだ。今回一緒に過ごせた時間の中でたくさんの歌詞のアイデアが湧いたので、僕は早速、それに取り掛かる。

文・写真 大江千里 (c) Senri Oe, PND Records 2024


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