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「GIANT STEPSを聴きながら」 7DAYS チャレンジ #3

Senri Premium第3弾、が東京の乃木坂スタジオに於いてリマスタリング中だ。昨日まずは出来上がったばかりの1枚目「GIANT STEPS」が送られて来た。

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【#大江千里】

CD-BOX「Senri Premium Ⅲ
~MY GLORY DAYS 1993-1999」
オーダーメイドファクトリーにて
予約スタート🔫

✅「Giant Steps」
✅「SENRI HAPPY」
✅「ROOM802」
✅アルバム未収録シングル曲
✅アルバム未収録ヴァージョン
⬇️詳細・ご予約はこちらから
https://www.110107.com/s/oto/news/detail/TP02104

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ダウンロードしてちょっとだけ触りを聴いてみたら音圧がものすごくて驚いた。細部に耳をそばだてて注意深く聴いていると、いろんなことを思い出しあっという間に1曲目が終わる。ボーカルやコーラスが網目のように施され、アレンジの重厚感、様々な仕掛けが織りなす独特の音像の世界にしばし呆然と聴き込んだ。

僕は『Giant Steps』制作当時NYに住んでいた。

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その数年前、横浜体育館で行なったクリスマスコンサートが終わってわずかな仮眠ののち、人生初めてのNYにやってくる。確か摂氏マイナス11度とかの寒さだった。何もかもが針を振り切っていて凄まじいエネルギーの街にそれまでのちっぽけな自分がぶっ飛んだ。よし、住もう、そう決心して、そのあとに作った『アポロ』の全行程をNYで行う。その頃はホテルに泊まっていたけれど、だんだんショートステイをするようになり、ごく自然に家具付きのサブレットと呼ばれるアパートを借りた。そして日本との行ったり来たりが始まる。

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話は戻って、『Giant Steps』だ。自分のアパートからスタジオへ毎日通ってボーカルを録音した。今はすっかり友人になったトロイ。彼が当時経営していたNYで1、2を争う有名な「ヒットファクトリー」。このスタジオで作られたヒップなアルバムが次々と世界中でヒットしていた。僕はボーカルなので小さめのボーカルブースだけのスタジオを借りて、ほとんど合宿状態で男所帯でレコーディングした。

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家がハドソン、リロイ、だったので、ウエストビレッジからミッドタウンまで毎日地下鉄で通った。アパートの目の前のデリでアツすぎるコーヒーを並々注ぎ、アッチッチなんて言いながら公園のベンチで鳩を見ながらそれを飲んでから地下鉄に乗った。街は当時、ジュリアーニ弁護士が市長になるかもしれないと大きなキャンペーンの真っ只中だった。グラフィティが溢れ80年代の危険な香りと雑多なエネルギーが混じり合い、街にまだ残っていた。NYはどこを切り取っても作品になる多面体の絵画といった感じだった。

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今は仕事を変えてハワイに移りもっとリラックスした時間の過ごし方をしているエンジニア、スタン片山氏は、この時LAからNYに滞在して僕のボーカル入れに携わってくれた。一緒にプロデユースをしたのは元ツイストのギター、まっちゃん。まっちゃんは高校時代、ハワイに留学していて、レイドバックしたパーソナリティが当時キメキメで頭の硬かった僕をゆっくりほぐし「せんちゃん、気楽に行こう。最高な音楽作ったら後から決まるもんは決まるやん」とにっこり笑って僕をアメリカへ連れて行ってくれたようなところがある。僕の気難しい繊細な部分を受け止めてくれたかけがえない二人である。

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3人はスタジオでじっくり膝を突き合わせてあーでもないこーでもないとボーカルを録音した。スタジオの待合室やロビーやトイレでナイルロジャーズと一緒だったり、ジョーデイシーがむちゃくちゃ売れてる頃で横のでっかい方のスタジオでレコーディングしていたり。

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ナイルロジャーズ

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%82%B9

JODECI

https://en.wikipedia.org/wiki/Jodeci

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むちゃくちゃアフリカンアメリカンなカルチャーが台頭していた頃で、映画ではスパイクリーが飛ぶ鳥を落とす勢いだったし、繊細なジョニミッチェルのフレーズをモチーフにしたジャネットジャクソンの曲がリリースされると時代はメロディアスでチルアウトしたリラックスモードの曲がたくさん生まれた。東京とNYを往復する便の前後ろでウイズリースナイプスと乗り合わせ、デンゼルワシントンの次は彼だという時代のニーズにちょうど作品を連発していた頃の彼は光り輝いていた。

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NYの日常ではとにかく英語だと思い語学学校へ午前中通い、LとRの発音矯正だとか、カース(汚い言葉)の勉強とか、夜はクラビングざんまいと、今から考えればとんでもないやんちゃな日々をほぼ寝ずに送っていた。この頃の香りが昨日送られてきたマスターテープから一気に噴出したのだ。

90年代初頭。NYはジュリアーニが当選し、どんどんストリップ小屋やいかがわしい商売が一掃されて綺麗になる少し手前の、いわゆる「混沌と善悪」が入り乱れたそんな時代だった。

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今60歳のジャズピアニストの耳に新鮮に聞こえるのはこの時代の音だ。『Giant Steps』の音はNYで生活する僕が日本との往復で持ち帰ったアイデアをアレンジャーの清水信之氏とシェアし詰めて仕上げた。それらを抱えて再びNYに戻り、街や時代やアンダーグラウンドの香りをふんだんに吸い込んで、ボーカルどり、ミックスが行われた。

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僕は今回2008年にNYに来たのだが、そこは90年代初頭に比べてレイアウトがそのまま全く違うエネルギーの街に様変わりしていた。東京よりも安全でハプニングが少なく整然とした、まあ、ジャズ大学を目指し渡米した僕には遊び場がジャズクラブしかなくてちょうどよかったのかもしれないが。

不思議な縁を感じる。

『Giant Steps』はジャズではないのだが、ジャズの香りがする。それでこの有名なマスターピースのタイトルを少しもじってつけたのだと思う。思えばニュースクールの先輩でもあるロバートグラスパーがQtipと一緒に音楽を作ったりする流れはこの90年代初頭の景色が原点なのだと思う。

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ロバートグラスパー

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%91%E3%83%BC

Qtip

https://en.wikipedia.org/wiki/Q-Tip_(musician)

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混沌=カオス、融合=フュージョン、採集、抽出=サンプリング、そして落書き=グラフィティ。あの頃元気だった青春の主人公たちは今はどこにいるのだろう? 僕は当時住んでたアパートの前を通ると胸がキュッと痛くなる。

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歳月は残酷に過ぎていくと人はよく言うけれど、今だって砂時計はこうやって僕が文字を書き連ねる間もサラサラ音を立て流れ続けているのだ。60年と言う時間のくれた「ギフト」が目には見えない形じゃないところに保管されている。今は空に自分のストーレージがある時代だ。いずれ火星にもいくだろう。地球は小さくなり、誰も想像つかなかった疫病が世界中を覆い尽くす。

螺旋階段がある。3段飛ばしでガンガン駆け上がった時があり、左右に蛇行した時期があった。そして気がつくとまた最初に戻っていて、今度は一段一段あのとばした階段を踏みしめながら上がっている。見上げてみると、先は少しだけぼんやりとしているけれど、まだゴールは遥か遠い。ポケットに、「望み= ホープ」と「夢=ドリーム」さえあれば、今日1日をアイデアでいくらでも楽しい日にできる。人生の喧騒と嬌声とたくさんのあの頃を響かせながら螺旋は今も上へ上へ登っている。

混沌=カオス、融合=フュージョン、採集、抽出=サンプリング、そして落書き=グラフィティ。あの頃元気だった青春の主人公たちの声が聞こえる。

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あ、そんなこんな言ってたら、東京から今度は『Senri Happy』が出来上がって送られてきた。ロンドンのアビーロードスタジオでミックスが行われたアルバムだ。一気に心は旅をする。じゃあ、また明日。

文・写真 大江千里 (C)Senri Oe, PND Records 2021

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