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異世界転生のない世界で人生やり直し#2

「あ、起きてる」
振り返ると、40代くらいの男性が近づいてきた。



「うぇるかーむ!!」
男はドン・キホーテで売ってそうな安いおもちゃメガネと、鼻を装備していった。



「。。。。誰?」

「いやー、びっくりしたっしょ? ごめんね、君のお姉さんが、どうしてもって言うから。。。あ、僕は宮野といいまして、お姉さんのまあ、ちょっとした知り合いというか、元同僚みたいなもんです。 ま、よくわからないと思うし、混乱しないようにって、これ、お姉さんからもらってるから、とりあえずこれ読んで」


宮野は手紙を渡してきた。
姉からの手紙はこうだった。

「恒星へ あんたは、あんた自身が一番わかってると思うけど、このままではいけないのです。 でも、今更高卒で社会に出てもいいと思ってるし、医者以外にも興味がないってのもわかります。そして、何より毎日が辛くて、消えてしまいたいって思ってることも、よくわかります。だけど、このままではいけないってわかるはずです。それで、この方法を思いつきました。かなり強引な荒療治って感じだけど、あなたのためを思ってます。今手紙をあなたに手渡してくれた人は、宮野和智さんといって、私の元職場の知り合いといったような関係です。信頼のおける人で、あなたのことを相談したら、手を貸してくれると言ってくれました。 
もしかしたら今変な格好をしてるかもしれないけど、大丈夫な人です。
とりあえず夏の一か月間、宮野さんのもとでバイトしてみなさい。そうしたら、札幌に帰ってくることを許可します。
姉より。」

「なんだよ、これ、意味わかんねえ。ここどこなんですか?」

「ここはね、奥尻島だよ。島」

「奥尻島って、、俺、島にいるのかよ。 どうやってここに運んできたんだよ。」

「お姉さんが、君のお母さんと一緒に台車で君を車に乗せてね、北海道本島まで連れてきて、僕とお姉さんでここまで君を連れてきたんだよ」

「ほぼ拉致じゃねえか」

僕はやってられなくなった。姉は少々横暴なところが昔からあったが、今回は度を越している。宮野という男も、優しそうなおじさんという感じだが、僕からすると誘拐協力犯でしかない。

「やってられるか、今すぐ船か飛行機で札幌に帰る」

僕はポケットに手を入れてスマホを探した。
スマホは見つからなかった。

「スマホはお姉さんから預かっているんだけど、ここから逃走する恐れのあるうちは、返してはいけないと言われていてね。あと、もし逃げて札幌に帰ったら、実家には入れてあげないそうだよ。すまないが、もう少し待ってくれ。少し落ち着いたら、ゆっくり話をしよう。あそこの小屋が見えるだろう? 僕の店でね、コーヒーをごちそうするよ」

宮野の店に入った。



海と反対側の砂浜の終わりには、砂浜より1.5メートルほど高くなっているところに、コンクリートで舗装された道路になっていて、砂浜からは階段でそこまで上がる事が出来た。

店は、砂浜からすぐの道路沿いに建てられていて、奥尻の海を一望できた。
中は、洒落たカフェそのものだった。ただ、海との相性を考慮してか、濃いめの茶色のウッド材が随所に用いられていて、カフェからの海の眺めは良いものだった。そういえば、海を見たのは、もう何年振りだっただろうか。潮の臭いも、砂浜の感触も久しぶりだ。

「適当にかけていいから、それと、はい」

「あ、ありがとうございます。」

コーヒーは苦かった。そもそも、コーヒーをうまいと思ったことがないので、コーヒーの中でどれくらいの立ち位置なのかもわからなかった。とりあえず何か感想でもいったほうがいいのかとも思ったが、面倒なのでやめた。

「グアテマラの豆使ってるんだ。お気に入りでね。気に入ってもらえるとよいのだが。」

そんなことは、今はどうだっていい。話を遮るように言った。

「俺は、ここで何をすればいいんですか?どうすれば、札幌に帰る許可をもらえるんですか?」

「そうだね、、今はまだ7月の中旬だが、下旬になると、学校も夏休みに入って、ここも海水浴客でいっぱいになる。夏限定でかき氷やビールの販売もしているから、その手伝いをしてもらおうかと思ってるんだ。もちろん、時給は出すから安心してもらって大丈夫だ。キッチンの裏に6畳ほどの部屋がある。ここを好きに使ってくれていい。トイレもカフェにあるものを使えばいいし、風呂はすぐそばに銭湯もある。衣類は少しお姉さんが持ってきてくれたものがあるから、それを着まわせばいい。」

「カフェの手続いを一か月やったら、帰ってもいいってことですよね」

「まあ、そうなるかな、とりあえずは。でも、札幌に帰って何かやりたいことでもあるのかい?」

僕はむっとした。

「あるなしに関係なく、こんなところにいたくないですよ。物置みたいな部屋に住んで、知らない人と知らない土地で、急に働けだなんて、だれだって帰りたいって思います。」

「ははは、まあ、そうだよね。まあ、僕としては、強制するつもりはないんだ。本当に嫌なら、君だって手段を選ばなければ、今すぐ札幌に変えることだって不可能ではないはずだよ。」

僕は、何も言わなかった。

「とりあえず、今日は平日だし、お客さんもそんなにこないから、島を探索したり、好きに過ごしてもらって構わないよ。食べるものは、カフェの冷蔵庫のものを適当に使ってもらってもいいし、タイミングが合えば、一緒に何か食べよう。」

僕は、宮野は僕とは何の関わりもないのに、よくしてくれるなと思った。姉とどれほど親しい仲なのだろう。もしかしたら、姉から謝礼をもらっているのかもしれない。

「じゃあ、ちょっと散歩してきます。コーヒー、ありがとうございました。」

宮野は、キッチン奥で、はーい、と返事をした。僕はカフェを出て散策することにした。

「あ、もうひとつ、頼みたい仕事があったんだ。おいおい、説明するよ」

一体何なんだろう、この島での仕事なんて、あとはウニ漁とか、観光系の仕事くらいしかないと思うが。。とりあえず僕は散歩に出た。

奥尻島には、これまで来たことがなかった。北海道民なら、知らない人はあまりいないはずだ。豊かな自然が残り、漁業の盛んな島として有名だ。僕の住んでいる札幌市よりは南にあるからか、札幌よりは少し暖かいような気がした。

ここ数年、ずっと睡眠障害を抱えていた。睡眠についても、3時間ほどで目が覚めてしまうようになったのだ。そのため、自分にとっての昼と夜というものが、わからなくなっていた。今も、家にいるとしたら数時間眠っているだろうと思う。少しだけ眠気があるが、散歩や体を動かしていれば、あまり気にならない。

それに、今は新鮮なことばかりで、これまで何年も家と予備校の往復しかしてこなかった僕にとっては、真新しい景色だけで、少しだけ晴れやかな気分になれた。

このまま、海辺に沿って散歩することにした。海辺の奥尻は、人の出す音がほとんどなく、穏やかで気持ちがいい。
そんな中、海の方に目をやると、人影が見えた。よく見ると、海から上がってくる女性が一人。彼女は水着を着ていて、体をタオルで拭いているところだった。高校生くらいだろうか。



その時、僕の視線が合った。彼女は驚いたように目を見開き、その後怒りの表情に変わった。

「ちょっと、何見てるのよ!」

「たまたま通りかかっただけだ」

「いいわけは聞きたくないの。あんた、見ない顔だけど観光客?まだシーズンじゃない平日にこんなところ歩いてる人なんて、ふつーいないから!」

「そんなこと知るか、ガキの水着なぞ興味ないわ!」

言い争っていると、少女のスマホが鳴った。アラームのようだ。

「ま、覗きのことは不問にしてあげる。じゃ、帰るから」

女は走り去っていった。

「だから覗きじゃねえって。田舎の倫理感どうなってんだ。。」

それからもう少し散歩をして、カフェに戻った。

宮野の他に、キッチンの方から、エプロンをした制服姿の女の子が出てきた。女の子は、宮野の横にくっついている。

「帰ってきたね。言ってなかったけど、僕には子供がいてね、この子はうた。中学2年生。ほら、あいさつしないと。」

「うたです。よろしくお願いします」


緊張しているようだがいい子そうだ。このくらいの年頃の子は、大体そんな感じだ。

「島にも学校あるんですか?」

「一応ね、人数は、数えるほどしかいないけど」

「実は、恒星くんにお願いしたい仕事なんだけど、カフェの手伝いの他に、もう一つあるんだ。それが、家庭教師なんだ」

「うたちゃんの勉強を見るってことですか、でも俺、高卒ですけど、、」

「高卒だけど、学力が高いのは間違いないだろう?実際に北大にも合格した事があるわけだし」

「ま、まあ」

姉から聞いたのだろうか、よく知っているなと思った。

「まあ、俺でよければ」

勉強だけが、唯一今僕の持っている他人より少し優れた能力なのかもしれない。だから、その能力を使えることが少しうれしかった。

「ありがとう、助かるよ、私も店のこととか、町の仕事もあって忙しいし、こういうのは、家族以外の人にやってもらったほうがいい場合もあるしね。あーそれから、見てもらいたいのはもう一人いて、、」

そういった途端、カフェの扉が空いた、

「ただいまー、って、さっきの覗き」

「だから覗きじゃねえって!」

「お父さん、なんでこいつがここにいんの?」

「失礼な言い方はやめなさい。この人が、前に言っていた、僕の知り合いの、弟さんで、一ヶ月くらいカフェとお前たちの家庭教師をやってくれる兎田恒星さんだよ。」

「こ、この人が家庭教師、ほんとに頭いいの?」

「こらこら、失礼なことを言うんじゃない。ごめんね。こちらは長女のまなです。高校2年です。」

ほんとに失礼だなと思ったが、親の前で娘をディスるのはよくないと思い何も言わなかった。

「とまあ、これから空いているとき、みてあげてください」

「は、はい」

こうして、奥尻島でのアルバイト生活が始まった。




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