群衆

5万人の群衆が行き交う中、階下によく知った姿を見とめる。何年ぶりだろうか、ひどく猫背なその出立ちを見留めたのは。
慌てて階段を駆け下り、群衆を掻き分ける。
追いつけない、見失いそうだった。

次の瞬間、名残惜しそうに立ち止まって会場を振り返る君と目が合った気がした。声が出ない、名前を呼びたいのに。言葉は空に吸い込まれ、僕はなんとかパクパクと口を動かした。

君は気が付かない様子で、もう前を向いて歩き始めてしまった。それでも余韻に後ろ髪を引かれたのか、ゆるゆると歩く君に追いつこうと、群衆の間隙を縫ってゆく。

もう、汗だくだ。前髪が額に張り付く。感動して泣いたのできっとメイクもボロボロだ。それでも、そんな状態でも、僕には譲れないものがあるのだ。

息を切らして、やっとの思いで、服の裾を摑む。驚いて振り返った君を見て、昔を思い出す。やっと、ついに、言葉が声に乗る。

久しぶり。僕はSnowが一番良かったんだけど、今日のベストアクトは?

それはまるで、昨夜の電話以来のような口ぶりで。失った15年などなかったような。

そこでけたたましく鳴るiPhoneのアラーム。

噫、これも正しい世界ではなかった

英語を勉強したり、広報したり、民俗学を学んだりしています。