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個人的な話と後日談(Q&A含め)

昨日何の気なしに投げた手引きのようなnoteですが、今もとんでもない勢いで拡散されているのを見て震えています。常盤です。

頂いたリアクションやコメントはすべて目を通させていただいてます。

数多くの作家さんや、ジャンルを超えて、女性向けコンテンツの方にも反応をいただき、そのほとんど肯定的なコメントで、

これから学生たちには頑張ってほしい

そんな温かい言葉ばかり。
本当にありがとうございます。励みになります。

さらに、記事を見た方の中に『これなら始められるかも!』と興味を持ってくださった学生さんもいらっしゃいました。

あぁ、書いてよかったなぁ。そんな気分です。

のどかなクソ田舎

そんな中、記事の中で省いたことに関してわからない点などのコメントもいただきました。

コメント全てにはお答えできませんが、個人的な活動内容についてだけ返答させていただきます。

今回は全部自分語りなので有益なことはあんまりないと思います

自分がどうやって活動してるか、これまでの活動について話をします。

あくまで自分の同人活動に関しての話です。

Q&A

Q.北関東で始発からってどうやってんの


そこは体力と工夫で乗り切ります。


基本的にイベント参加をするときは始発電車で出ないと間に合いません。
常磐線の始発が水戸駅を出るのがおおよそ四時半。

本当ならばイベント前日に会場付近に宿泊したいですが、当然そんなに資金の余裕はありません。
そして私の家は外泊禁止です。

なので当日に向かう必要が出てくるわけですね。とてもしんどい。

最寄りの駅は遠く、まず最初の段階で関門です。
始発前に駅にたどり着かなければいけない起きるのは早朝どころじゃねぇ

…ってことで、当然早起きも早起き。
イベント前日はぐっすり眠れる…といいのですが、やっぱりイベント前日。
寝れません。一向に寝れません。なのでペーパーを描いて時間をつぶしています。

さて、始発に乗るためには駅に行かなければいけません。
ですが私は車もバイクも持っていませんし、早朝にバスなんてありません。

自転車で駅に行くまで、およそ一時間足らず。

冬は刺すような氷点下、夏は若干涼しいけれど蒸し暑い明け方の空。
なんとか身体にムチを打ち、どうにかしています。

当然ですけど交通法規はちゃんと守り、街灯のある国道を選んでますよ

東京につくのは七時前なのでオンリーイベント入場は余裕があります

で。

当然即売会に参加するには本と設営道具などの諸々が必要です。
でも、本を送るとなるとお金もかかるので、郵送はしたくない。

と、なると…。

イベント参加時の恒例の風景

上の写真のように、段ボールごと新刊を学校の通学カバンに詰めます
いつも使っている普段使いのリュックサックです。

重そうに見えるでしょうが、実はそうでもないですね。
どちらかというと教科書や参考書を詰めて通学している方が断然重い。

本を出し、改めて詰めるのは流石に品質に関わってきますから、印刷所から送られてきた段ボールをそのまま入れていきます。
ちなみにこれはB5サイズ本、100部の箱です。

これで本はクリアです。
あとは設営道具を一緒に持って行ければ、すべて完璧!

ですが、ここで問題があります。

僕は駅までチャリです。

自転車にスーツケースを括り付けてみた

…さすがに無理でした。
スーツケースじゃ無理です。自転車なんかにはとても乗っけられません。

一度試したけど絶対危ないし、なんなら中身が揺さぶられる。
色々アウト。

そこで自分は考えました。
簡単でコンパクト。そして自転車に乗る範囲で設営道具を持ってく方法を。

どう考えてもこれしかない。

手提げ袋、最高。

できるだけ大物(卓上ポスタースタンド)はリュックサックにねじ込み、あとは手提げ袋で代用しました。

大きさはカステラが一本か二本入るくらいです(わかりにくいか)

そして普通電車に二時間揺られ、東京へ。
即売会に一日参加して、終わった後は…

いつもお世話になってます

すぐ帰ります。

イベントのアフターにギリギリ参加しても、東京や品川から常磐線に乗って帰るときは特急を使います。

『普通電車で帰れば安いんじゃ?』と思ったかもしれません。

なんと、我が家には門限があるのです。

両親に同人活動を認めてもらい、BOOTHやskebを承認してもらったとき。
私は三点約束をしました。

  • 門限には必ず帰る

  • 翌日に響かないようにする

  • 即日帰ってこれる距離にする

と、いうことで私はアフターの飯も何も食べず、そのまま帰るのでした。

酒のツマミとチキン弁当しか勝たん
オッサンくせぇな

ということで、毎回これを繰り返しては即売会に参加しています。

だいたいこの話をすると『気合入りすぎ』と言われますが、やっぱりそうでもしないとコミケには間に合わない。

ある意味これも楽しいんです。頑張ってる自分をとても感じられる。
・・・気合の入れ方がなんか違う気もしますが。


東京はすごいなぁ

Q.今までどんな本を出したの?

そういえば話をしていませんでしたが私は『艦隊これくしょん』の二次創作を基本的にしています。一応男性向けに分類されるのでしょうか。
今まで出した本はすべて艦これの二次創作本です。

記事の中に盛り込もうとしましたが、今まで同人誌を作る中で段階を踏み、ステップアップを重ねて活動を拡大してきました。

今回はそれをご紹介します。

最初の本は当然コピー本。モノクロB5の20P
突発的な漫画本でした。

最初のルーツはこれでしたね

コピー機でなんとか頑張って製本し、会場で折らせてもらった本。
あれが最初の本でしたが、最初に手に取ってもらったときの喜びはまだまだ覚えています。

次にC99で売り子させていただいたサークルで委託させていただいた本。
この時にようやく印刷所に頼みました。

で、ミスをしました。

おわかりいただけただろうか

B5だと思ったらA4で頼んでました。

でけぇ。

と、いうことで初製本はイラスト本でモノクロA4、20P

画質が粗い。ちょっと焦りましたが、なんとか頒布しました。

印刷費がおかしいと思ったんだけどな

そして失敗した後、諸々あって2022年の五月。
売り子で参加し続けてきた自分に、とある転機が訪れることになります。


先輩の作家さんが『本を出してほしい』とカンパしてくださったのです。


その作家さんは『お金がないからと躊躇するのはもったいない。ぜひ、自分の本を出してほしい』と、自分に手を差し伸べてくれました。

当然、その思いに応えるべく全力で原稿にとりかかりました。

今もそうですが、その作家さんがいなければ今の自分はいないでしょう。
あの時の言葉は今でも忘れません。

そしてオンリーイベントに初サークル申し込みをし、頒布したイラスト本。
この時初めてフルカラーにチャレンジしました。

いいふとももだ

この本はフルカラーB5の20P。
すべて完売しました。

とはいっても、100部も200部も刷ったわけではなく、資金面もあって二桁。
しかし大きな支えになりました。

フルカラー本はやはり金額が跳ね上がりますが、出してみたときの達成感は涙が出そうでした。

綺麗な色で印刷された自分のイラスト。出したい本を出せた喜び。
そして、先輩作家さんの助けの手。

本当にいい思い出ですし、今も感謝しています。
ありがとうございました。

そして、次は記念すべきC100。
これも売り子として参加し、ご厚意で委託させていただいた本でした。

ここで初めてオール漫画本を完成させたのです
時間と戦いながら、ギリギリまでなんとか頑張った記憶があります。

現パロ母娘本でした

この本はモノクロB5で20p。
そしてここで頑張って三桁にトライしました。

ありがたいことに、すべて在庫が出ていきました。
手に取ってくれた皆さんのおかげです。

そして夏コミ終了後、一か月たたずに次の即売会に申し込んでいた私
ここで知り合いの作家さんと合作本を製作しました。

なんとか着彩を頑張りました

この本の自分の担当ページは半分。
一緒に出してくれた作家さんに大いに助けられ、そして表紙デザインや組版を教えてもらいました。

次のイベントは一か月後でしたが、最初は推しのイラストまとめ本にしようと絵を描いていました。

で、ここで衝撃のことが起こります。

推しに、とんでもねぇ新規グラが来た。

衝撃。とんでもない、衝撃。気づけば自分の心は動きだし、イラストは既に完成していました。

艦隊これくしょんの『秋雲』のイベントグラフィック。
六時間で描きあげてもなお、狂い死にそうになった

絶対に本を出したい!!!!!!!!!!

と、言うことで一か月もない中で本を作ることになった自分。

ですが、ここである『学生ならではの』イベントが入ります。

Blue sky(?)のBeautiful beach

沖縄への修学旅行です。

コロナ渦で、中学校の修学旅行がなかった自分の最後のイベント。
高校生活一番の楽しみ。

しかし原稿の締め切りは刻々と迫ってきます。でも修学旅行は楽しみたい。
だけど本は出したい。

私は飛行機の中で原稿をしました

沖縄では原稿をせず、羽田と那覇を往復する全日本航空のB-777の機内。
そこでなんとか食いつないで…

作成期間、一か月もなし。

出ちゃいました。本が。

なんとか精神力と気力で原稿を仕上げようと、通学中の電車内や、学校でも原稿を書いて出した本。

モノクロB5、20pの漫画本でした。

あれ以降は無理をしてません。体が大事だ、資本だとここで覚えました。

冬の茨城は殺風景ですね

そして、一つの到達点にたどり着きます。

コミックマーケットに、自分のサークルで乗り込む。

夏コミでいただいたお金はある程度まとまっていましたが、ここで障壁。
コミケの参加費は、なんと一万円程度。

一万円というと、私のお小遣い二か月分と同等。

とてつもなく悩みました。
まだやらなくてもいいんじゃないか。まだ先でいいんじゃないか。

けど、夢だったんです。

あのコミケの舞台で、自分のサークルをもって本を出すことが。

いつでもこの写真が好きすぎて貼ってしまう

同人誌自体は中学生になるころにはとっくに知ってましたし、作品の数々も読んできて、さらにその気持ちは重なり続けました。

ですが、一般参加をしようにも高校に上がるときはコロナ渦。
それにお金も実力も足りない。本当に雲の上のような存在でした。

それが今、叶いそうな場所にある。手に届くところにある。
気づけば申し込みは終わり、当落が出ました。

当選。


あの時の喜びは、今までに感じたことのないものでした。
ようやく願いが叶う。

そう思ったときにふと、脳裏によぎったものがあります。

最高の本を出したい。本当に出したい本が欲しい。

凄い本でした

自分の推しの合同誌が欲しい。それを形にしました。
しかもモノクロB5、52Pの今まで出したことのない規模。

その思いを実現するべく、知り合いの作家さんやあこがれだった作家さんにお願いしたところ、全員が『一緒にやろう!』と寄稿してくださいました。

後にも先にも、自分が欲しかった最高の本だと今でも思います。
そして、原稿を作る際に手伝ってくれた作家さんもいました。

思えば強引なお誘いでしたが、しっかりと作品を送ってきてくださった先輩方にはまた改めて感謝の思いを伝えたいです。
助けてくれた・関わってくれた皆さん、本当にありがとうございました。

あのC101を、私は一生忘れることはありません。

帰り際の東京の夜景は輝いて見えました

そしてC101は成功に終わり、先月の名古屋でのオンリーイベント。
私はなぜかとんでもないことをしました。

新刊を、二冊出す。

しかも小説本とイラスト本。

今思えばだいぶ簡単すぎた

出ました。B5フルカラーの16P。

気合を入れて書いた表紙

出ました。B6サイズ88pの小説本。

…いったい何をしてるのだか。
今もわかりませんが、気づけば本はできてました。

見返してみると、すべて原動力は『本を作るのがたのしい!』の思い。
それが中心にありました。

今、作品を発表したいと思っている皆さん。

本、出そうぜ。

参考にして真似をしても責任は負いません。無理をしないでください。

最後に

さて、いかがだったでしょうか。
自分はこんな感じで本を作ったり、即売会に参加してきました。

まず、基本的に私の活動は『多くの人に支えられて』やって来れました。
普通ならあり得ないことだってたくさんありましたし、それこそ自分の環境が恵まれていると思うことも多々あります。

これまで本を作ってこれたのは、本を手に取ってくださる方々のおかげ。
そして、先輩の作家さん方の教えがあってこそ。

だからこそ、昨日の記事は『なるべく多くの人が興味を持てるよう』重点を置いて、基本的な知識について書きました。

私の同人活動は、あくまで一つの例です。
私以外にも様々な活動、創作と向き合っている方々が存在します。

だから何度か『あくまで私の例です』と注意書きをしました。

色々なやり方、方法が同人活動にはあります。
それをこれから調べたり、自分がどうやってやっていこうか。

それを考えられるようなものになっているのであればいいのですが、やはりまだまだ駆け出しの同人作家です。
知識も経験も足りません。

だからこそ、あの記事を読んで興味を持った方々には自分で調べたり、考えたりすることに進んで取り組んでほしい。
自分がどんなことをしたいか、今は何ができるか。そこからはそれぞれの道です。

無責任かもしれませんが、やはり僕は一つの例でしかないわけです。
それからは、自分がなにか口出しするようなことではありません。

自分が先輩にたくさん教えてもらった分、次はそれを周囲に伝えたい。
自分の思いは、ただそれだけです。

その思いが伝わるといいな。
翌日の走り書きではありますが、少しご紹介でした。

最後にもう一度言います。

あくまでこれらは一つの例であり、同人活動には多くの手段があります。
ご自身で調べ、考えたうえで記事を活かしていただければと思います。

常盤仙渓でした。


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