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第26話 エジプトでの汚名返上 ~台湾の意地と心意気~

2020年3月8日

 新型コロナ対策本部である中央感染症指揮センターは、2020年3月8日の定例記者会見で、2月29日に診断された症例について新たなる報告をした。台湾内では特段注目されている症例ではなかった(=あっさりとした報道しかなかった、SNSでのコメントが多くなかった)ので、今更何のことだろう?と思ったのだが、なるほどこういうことだった。

 2月下旬、日本でのクルーズ船ダイヤモンドプリンセス号が一件落着した(2月19日に下船開始)と思っていた矢先、韓国、イラン、イタリアでの感染者数が急上昇した。同時に、世界各地でコロナ感染者数がゆっくり増え始めていた。そんな中、2月29日に台湾ではエジプト帰りの女性がコロナ陽性と診断された。

 この方は、1月29日-2月21日台湾からドバイ経由でエジプト旅行へ行った台湾人女性。2月20日エジプトにいるときに咽頭痛と咳が出現。2月21日ドバイから台湾へ帰国。2月26日症状増悪し、2月28日受診。2月29日確定診断。

 2月29日以降、彼女が参加したエジプトナイル川クルーズの乗客や船のクルーがコロナ診断されるケースがエジプト国内外で相次いだ。3月6日にエジプトで新たな12例、3月7日には更に33例の感染が確認された。日本でも、2月21日-3月1日エジプト旅行に行った夫婦が、3月10日に診断確定と発表された。

 当初、「台湾人女性がナイル川クルーズ船集団感染の最初の症例(Index Case)である」とエジプト政府は発表したはずなのだが、各国メディアはなぜか「台湾人女性が感染源である」と報道した。最初に報じたメディアが、疫学用語を正しく理解していなかったのかもしれない。それがさらに他のメディアにも引用され、世界に誤情報が拡散した。

 丁寧に科学的に情報を吟味しよう。彼女は、1月29日からエジプト入りしており、発症したのはエジプトにいる2月20日だった。新型コロナウイルスの潜伏期間は最長14日間だということはこの時点で既に世界のコンセンサスになっていた。「例外的に潜伏期間の長いケースという可能性」も否定はできないが、例外を考える前に、「エジプト国内で感染した可能性」をまずは吟味する方が科学的ではないだろうか?そして「乗り換え先のドバイで感染した可能性」も考慮に入れるべきだろう。

 台湾は「科学的」な行動に出た。

 政府は台湾大学にこの方のウイルス分離とゲノム解析を依頼した。その結果、分離されたウイルスは、それまで台湾で分離されたものとは型が違い、この時期にヨーロッパ(イタリア)やナイジェリア、ブラジルで見つかっている型と同じだということが判明した。(新型コロナのゲノム解析情報は世界で開示・共有・開示されている。)

 「感染源は台湾国内ではなく、国外だ」ということが証明された。国際社会に対して「台湾がウイルスを持ち出したわけではない」と示すためにこの解析を行った、と政府は記者会見で説明した。

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今回の件を私なりにもう少しかみ砕いて説明すると、
 2月29日に確定診断が出たので、台湾政府は国際保健規則(IHR)に基づき、この事実を世界に伝達した(注)。2月29日時点でエジプトではコロナ感染報告例は2例のみだったたが、知らせを受けたエジプト政府が検査に乗り出したら船関係者の中に感染者がたくさんいることがわかり、各国も「ナイル川クルーズ船」というキーワードで疑わしい人を見つけて検査すると感染者が見つかった、ということだ。
 エジプトのナイル川クルーズ船乗客の中で、最初に見つかった感染者は台湾人女性で間違いないが、感染源ではない、と台湾政府は証明した。

 残念ながら、下記(在エジプト日本国大使館ホームページより抜粋)のように、台湾政府の発表は、各国には適切に反映されていない。たかだか一例の話で、大勢には影響ないと思っているのかもしれない。

在エジプト日本国大使館のホームページ(2020年5月20日時点)から抜粋

エジプトデータ


 「汚名返上」という記事タイトルを自分でつけておいてこんなことを言うのもなんだが、感染源を明らかにすることは、決して犯人捜しが目的ではない(台湾政府のおかげでエジプト国内の感染が見つかったのに、台湾人を感染源扱いするなんてけしからん、と私も最初は思ったことは認めよう)。

 感染源を明らかにし、感染拡大の全貌をより正確に把握することで、適切な対策がとれる。台湾のコロナ対策は、こういう緻密で科学的な対応の積み重ねの上に成り立っているし、だから成功しているのだ。

 世界からは仲間外れされているにも関わらず、遵守義務のない規則をせっせと守り(注)、相手にされなくても地道にやるべきことを続ける。台湾の意地と心意気は、汚名返上というレベルを超えている。国民の私もこの態度を見習おうと思った。

(注)国際保健規則(International Health Regulations; IHR)は、世界保健機関憲章第21条に基づく国際規約。
国際的な公衆衛生上の緊急事態(Public Health Emergency of International Concern; PHEIC)を構成する恐れのあるすべての事象を対象とし、各国においてPHEICに関する評価を行ってから24時間以内にWHO(世界保健機関)に通告する義務を加盟国に課している。
台湾はWHO加盟国ではないが、自主的にこの規則を遵守し、国際社会の一員として世界保健を守る義務を果たしている。

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