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あとがきにかえて

 17年前SARS(重症急性呼吸器症候群)が発生したとき、台湾はひたすらWHO(世界保健機関)を頼って、見事に見放された。それもあって、今回のコロナ対策は初めからWHOの協力が得られないことを想定範囲内とし、「自立自生」が大前提だった。台湾政府は、独自に情報収集し、水際対策を強化し、水際を突破されても、次の網でひっかける。そこを突破されても、また探し出す。網を何層にも張り巡らし、ウイルスを捕捉した。この一連の対策を実施するにあたり、政府は国民とのコミュニケーションを最重要視していた

 今でも忘れない。新型コロナ対策を担う中央感染症指揮センターが2020年1月23日に昇格し、衛生福利部長(厚生大臣)の陳時中氏が指揮官に就任した日、彼は言った。「防疫対策には国民の協力が欠かせない。そのために政府は、最新情報を包み隠さず、毎日国民に報告することを約束する。」と。そして、記者会見(手話通訳付き)、ホームページ、Facebook、LINE、YouTubeなどを駆使し、双方向性のコミュニケーションも取り入れながら国民に情報を届け、デマや不正確な報道についても即時に訂正した。この有言実行があったからこそ、国民は政府の方針に協力できた(注:6月7日の発表資料より、在宅検疫・隔離者合計15.7万人中、違反者は696人。罰金総額89,703,334元。多いか少ないかの判断は読者に委ねる)。マスコミ報道とは別に、政府自身が情報発信の手段を有していることはとても大きな意味があったと思う。

 私は、このマガジン開始する前に、数話分の草稿を友人に読んでもらった。そのとき「これ、誰に読んでほしい?」とたずねられた。うーん、と考えた私の答えは「厚生労働省の人」。もちろん幅広く色んな人に読んでほしかったが、なによりも日本の制度作りに関わる人に読んでほしかったので、そのときイメージしたのが「厚生労働省の人」というわけだ。

 霞ヶ関の中がどうなっているのか私はよくは知らないが、コロナ対策で大勢の人が懸命に動いたのだろうと想像しているし、そこを否定する気はさらさらない。しかし、日本政府として何を考え、何をしているのかは非常に分かりにくかった。私にとっては、対比する対象として台湾政府がそこにあったため、なおさら日本政府の情報不透明さには不満を覚えた。コロナ最前線ではなかったものの、医療現場で働く者として自分がベストを尽くすためにも、もう少し先行きが見える情報を入手したかったが、難しかった。(蛇足だが、このマガジンで紹介した台湾の情報は全て、台湾政府が発信した一次情報を基にしている。)

 日本では、専門家会議の議事録がないことが問題視されたが、私個人としてはその問題提起には共感できない。議事録うんぬんは、単に手順についての問いであり、本質的ではないと思うからだ。専門家会議での結論は提言として発表されており、情報としては十分だと思う。議事録があればそこに至った経緯がわかるのかもしれないが、それよりは記者会見で提言内容について質疑応答がある方がずっと物事が明確になるので、これまでの専門家会議の対応には満足している。何よりも、彼らは提言を出す側であり政策を決めているわけではない。問われるべきは、不透明な政府方針の決定プロセスであり、それら全貌を明らかにすることの方が重要だと感じている。

 また、今回のコロナ禍では、日本の政府による自粛「要請」はあくまで「お願い」であり、従うも従わないも、国民の自由判断に任せられていた。にもかかわらず、国民の自由判断は翼賛的な空気の中で、事実上の強制力として、国民が国民を罰するという自警団的行為にまで発展した。感染者への差別的な落書き、営業自粛の要請に従わないパチンコ店への投石や抗議電話、コールセンターへの通報、他県ナンバー車両への嫌がらせ等々。果ては感染した著名人の感染前後の行動が、まるで犯罪者の足取りのように報道され、感染者は意味不明な謝罪にまで追い込まれる始末だった。

 日本政府がこの事態を見て見ぬふりをしたとまでは言わないが、もっと国民に呼びかけるべきだったのではないか?(第45話参照)
 台湾と違って政府に強制力がない日本では、国民ひとりひとりの意識や努力に頼る部分が大きくなる。国民の暴走は不安の表れであり、政府のコミュニケーションで補える部分は多いにあったと思う。台湾政府は、コロナ対策で急にコミュ力をつけたのではなく、数年間かけて積み上げてきたことがたまたま今回実を結んだだけだ。日本では、コロナ禍を契機に、公衆衛生学的な視点から感染症対策を見直す必要があるだろう。同時に、ぜひ台湾の事例を参考に、行政コミュニケーションのあり方も再検討してほしいと思う。

 このマガジンでは、詳細な情報提供を心掛けたが、筆者の力不足により取り扱わなかったテーマもある。興味のある方は、台湾政府が2020年6月7日にリリースしたコロナ対策まとめページ(英語版)をぜひ参照していただきたい。
https://covid19.mohw.gov.tw/en/mp-206.html 

 最後に、お付き合いいただいた読者の皆さんに深く御礼申し上げたい。

[完]

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