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第23話 最初の&唯一の院内感染クラスター

2020年2月28日

 この日、台湾では新たな感染者のニュースに、国内には緊張感が走った。

50代女性。糖尿病・慢性心不全患者。渡航歴なし。
2月14日低血糖と全身倦怠感のため、救急外来を受診し、入院に至った。2月21日、咳や咽頭痛などの症状を認め、2月26日には発熱。精査の結果、肺炎と診断された。当時の台湾政府の通達(=原因不明の肺炎患者にはコロナ検査を実施)に基づき、PCR検査を実施し、陰圧病室へ移動。2月28日確定診断となった。

 確定診断後の初期対応はとにかく速かった。入院から14日経過した後の診断だったため、院内感染の有無が最も危惧された。新型コロナ対策本部である中央感染症指揮センターがすぐさま現地で陣頭指揮をとった。

 一番に着手したのは、同じ病室や病棟に入院している患者たちの隔離だった。同病棟入院中の患者は全員、別病棟の個室へ移動させられた。そして、別病棟の医師・看護師たちがその後の診療とケアを担当した。患者移動後、元の病棟はすぐさま閉鎖された。

 これはSARS(重症急性呼吸器症候群)のときの学びを活かした対応方法だった。「ウイルスがいるかもしれない場所」に「感染しているかもしれない患者」をそのまま閉じ込めるのではなく、ウイルスがいない場所へ移動させ、個室隔離を徹底し、感染していないはずの医療者が治療・看護を続けることで、感染の連鎖を断ち切るとともに、医療サービス提供の中断を回避する、という考えがこの対応の根本にある。

 並行して、救急外来内90カ所以上で環境サンプル採取し、救急外来エリアを全面消毒。救急外来機能が停止しないように環境を即整える必要があった。

 救急外来と病棟における接触者も洗い出し、聞き取り調査を始めた。救急外来勤務職員、同病棟勤務の職員そして同病室の入院患者は最優先でPCR検査を実施された。PCR検査陰性となった職員は全員14日間の隔離(院内または病院が院外に個室を用意)を指示された。また、院内職員で症状のあるものも全員、14日間在宅隔離を指示された。
 ここで留意してほしいのは、病院職員全員にPCR検査を実施したわけではなく、疫学的調査に基づき、専門家の判断に基づいて検査を実施した点である。

 調査の結果、以下8名の感染が確認された。

1)職員:救急外来の清掃員1名と病棟看護師3名。
2)家族:入院付き添いをした娘と息子(注)。
3)入院患者とその家族:同病棟の別病室に入院していた患者の家族(入院患者本人は検査陰性だった。)と、同病棟のさらに別の病室の入院患者(2月28日時点では既に退院していた)。

 環境サンプル検査結果では、病棟の共有エリアにて1カ所だけウイルスが検出されたが、救急外来や病室内からはウイルスは検出されなかった。

 台湾で報告されている新型コロナ感染442例中(5月29日時点)、これが唯一の院内集団感染となった。台湾では、コロナ感染者は診断確定後全員入院治療/隔離となる。コロナ患者だと認識された上で入院するので、院内では厳重な感染予防策が実践され、この場合院内感染が発生する可能性は極めて低い。実際、起こっていない。

 一方で、別の病気で入院された方がいつの間にかコロナを合併していた場合は、十分な予防策を行なっていないケースがある。こういった事例は計5例あったが(内3例は2月28日以前のケース)、院内感染に至ったのは幸いにもこの1クラスターのみだ。

 残念ながら感染源は不明のままとなったが、迅速な初期対応によって院内感染の拡大は未然に防がれた。このクラスターに対して洗い出された接触者数は計455人、その内407人がPCR検査を受けた。そして、前述の8人が検査陽性だった。

 2003年のSARSは、院内感染によって感染拡大し、台湾社会に悲しい爪痕を残した。絶対にSARSの悲劇は繰り返さない、これ以上感染拡大させない。そんな台湾政府の気概を感じた。

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(注)台湾では、入院患者は家族(または家族代理)が付き添い宿泊しなければいけないというルールがある。

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