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第16話 感染源を探せ

2020年2月16日~2月20日

 国内最初のコロナ死亡例(第15話)は、診断と同時に死亡したということも衝撃だったが、感染源不明であったことも社会不安を増長させた。これが防疫網の破綻を示すものなのではないかとマスコミは騒ぎ立てた。

もう一度概要を振り返ってみよう。

台湾中部在住の60代男性。B型肝炎ウイルスキャリア、糖尿病罹患者。渡航歴なし。確定診断済みの感染者との接触歴なし。職業タクシー運転手。
2020年1月27日より咳あり。2月3日呼吸苦のため医療機関を受診し、肺炎と診断された。同日入院、陰圧病室で治療開始。2月15日にPCR検査1回目を実施し、結果陽性。同日夜、敗血症のため死亡。遺族の許可を得て、死亡後に検体採取し、PCR検査2回目を実施。結果は陽性。

 感染源を特定するために、政府は持っている力全てを動員した。新型コロナ対策を担う中央感染症指揮センターは、警察の協力を得て、車載監視カメラ映像を検証し、春節の時期(1月末)に中国からの帰国者3名(以下、乗客A, B, C)を乗車させていたことを突き止めた。この3名の健康保険利用履歴から、全員が、帰国後呼吸器症状を理由に医療機関を受診していたことが判明した。そのうち、1月22日に浙江省から帰国した乗客1名(乗客A)は、乗車中に咳をしている姿が監視カメラ映像に映っており、健康保険利用履歴からその後2回に渡って医療機関を受診していることもわかった。乗客Aが感染源である可能性がもっとも高いと仮説が立てられた。

 より科学的な証拠を得るために、乗客A,B,CそれぞれのPCR検査を2月16日に実施したが、予測される感染時期より既に2週間以上経過しており、結果は全員陰性だった。そこで、3名の血液を採取し、血清検査を行った。検査は2ヵ所の研究機関(台湾大学、中央研究院)で行った。
 台湾大学では、抗体検査を行い、1名だけが弱陽性となった。この抗体はまだ研究段階のものだったが、新型コロナに罹患して直後は存在しないのだが、ある一定期間後に出現する抗体であることがわかっていた。
 中央研究院では、血清中のウイルスのN蛋白を調べた。遺伝子工学的な手法を用いて、新型コロナ, SARS, MERS, 一般のコロナウイルスの4種のN蛋白のパネルを用意した。このパネルを用いて3名の血清を調べたところ、1名だけCOVID-19のN蛋白が陽性になった。(注:実験手法についてもっと詳細に説明がなされたが、筆者の力不足により、部分的にしか理解できなかったので、ここでは割愛する。)
 両機関ともに、ダブルブラインドで検査を実施した。すなわち、研究員は手元のどの検体が誰のものわからない状態で検査を実施した。最後に、両機関の結果を照らし合わせたところ、検査陽性になったのは同じ方の検体だと判明。さらにその検体と政府の名簿を照らし合わせ、その検体は乗客Aから採取したものだと判明。よって、乗客Aが感染元であることが科学的に証明された。
 中央感染症指揮センターは、2月20日の記者会見にてこの検査結果を公表し、今回の死亡例は海外流入例からの二次感染だったと説明した。この際、実験そのものの説明は、それぞれの担当責任者(台湾大学、中央研究所)が行った。

 科学の力によって社会の不安が取り除かれた瞬間だった。

 この短期間でこれだけのことを成し遂げるのは容易なことではないはずだ。警察も研究員も、感染源特定を最優先事項として取り組んだ結果なのだろう。台湾政府にとっては、感染源不明の死亡例というピンチだったが、私にとってはまたひとつ政府に信頼を寄せるきっかけとなった。

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