日本の国旗が消えた! 〜日本式リーダーシップの可能性〜

2021/10/1朝、台湾で「熱いニュース」が流れ、台湾人社会を盛り上げた。備忘録としてここに記す。

フリーダイビングが政治に巻き込まれる

▼9/20からフリーダイビングの世界選手権(AIDA Depth World Championship)がキプロスで開催され、その様子はYouTubeで配信されていた。

▼大会7日目の9/28、突如台湾選手の名前の横から国旗表示🇹🇼が消えた。他国の選手にはそれぞれ国旗表示があるのに、だ。台湾選手への事前説明はなかった。

大会7日目のYouTube画面:国旗削除前(下から6番目が台湾人選手)と国旗削除後(上から5番目に同一選手)

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注)二枚目の画像をよく見ると、台湾選手の横には「旗もどき」が表示されている。大会側は台湾の旗を”modified”(調整した)と説明。

▼当然台湾選手は大会側に抗議をするわけだが、大会側の説明は、台湾の国旗を表示すると中国でライブ配信が遮断され(大会7日目に中国政府が予告なしで遮断したらしい)、大きなマーケット(40万人以上の視聴者)が失われるから、ということ。

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▼抗議して来た台湾選手に対して大会側が提示した代替案はふたつ:
1) オリンピック用の旗を使う
2) 国旗を非表示にする
注) 台湾の国旗を元に戻すという選択肢はこの時点で既に存在しなかった点には要注目。

▼究極の二択しかない中で、台湾選手たちは「国旗非表示」を選んだ。そもそも、オリンピック用のChinese Taipei旗は妥協の産物であり、台湾にとっては中国の圧力の象徴でしかないからだ。

▼大会8日目のライブ配信は、台湾だけ旗がない(「旗もどき」もない)状態で配信された。

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ここまでの話であれば、実は、台湾にとってはよくあることで、ニュースにもならない日常茶飯事だ。多くの台湾人スポーツ選手は、妥協と泣き寝入りと付き合いながら競技人生を送っている。様々な想いはあるが、選手にとっては競技を続けることが最優先なので、この星の下に生まれた宿命を受け入れるしかない、とでいう気持ちで悔しさを飲み込んでいる。
<参考>AIDA Taiwanが公式Facebookで発表した経緯と正式な抗議文

流れを変えた日本

事態を大きく動かしたのは、日本チームの出した声明だった。日本の国旗表示も削除してくれ、と。これが自分たちが行えるささやかな抵抗であり、台湾だけが不利益を負っている状況を見て見ぬふりはできない、と。

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(これは私にとっては、人生で最も感動した声明文だった。)

▼日本チームの抗議声明をさらに9ヶ国(ロシア、アメリカ、クロアチア、オランダ、オーストラリア、韓国、フランス、ドイツ、スロベニア)が追随し、大会9日目の9/30、ライブ配信はこのようになった。

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(私には、この画面がメッセージ性の高い現代アート作品のように見える。)

▼この日のライブ配信では、冒頭2:44-4:50の約2分間かけて大会責任者がこの不自然な画面になった背景を説明している。
https://youtu.be/YCw8aF7-llU

▼また、一連の出来事を受け、主催であるAIDA Internationalは9/30付けで公式謝罪文を出した。

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ここまでが今回の出来事。

そして思う

AIDA Internationalの主催者としての立場は十分に理解できる。突発した事態にどう対応して良いのかわからず、阻害要因(台湾の国旗)排除という安易な動作に繋がったことは残念だが、己の非を認め、謝罪し、その上で今後に向けての建設的な対策を検討しようとしているのは評価すべきだと思う。

何よりも素晴らしいのは、日本フリーダイビング協会(AIDA Japan)!カッコ良すぎる!!!
言うまでもないが、台湾さえ我慢すれば全ては丸く収まるし、スポーツ界は長らくこの方法で運営されている。まさかここで日本が口火を切って立ち上がるとは、私にとってはかなり意外な展開だった。
そして、日本のやり方が次々と他国の共感を呼び、日本を含む10ヶ国が国旗を非表示にすることで、「台湾と共にある」という力強いメッセージが画面を通して世界に発信されたのだ。いや。彼らが最も守りたかったのは台湾ではなく、スポーツマンとしての価値観だろう。スポーツは中立であり、政治的干渉を受けるべきではない、という価値観。渦中にいたのが台湾でなくても同じ行動に出たのだと想像する。

日本らしいリーダーシップ

国際社会における日本のリーダーシップについて考えたことがある。10年以上前だが。その頃思ったのは、「(筋肉見せつつ)俺について来い!」とか「(札束チラつかせつつ)俺と仲良くしとくと得するぞ。」みたいなリーダーシップではなくて、もっと中立で穏やかで、それぞれの言い分を聞いて、みんなが納得できる折衷案を提示するようなリーダーシップを日本は提供できるんじゃないかなぁということ。今回の出来事を見て、これが一つの解なのかも!と思った。

①痛みを分かち合う。(この発想!すごく日本人っぽい。)
②大会運営を妨げず、対立や憎悪を増長せず、それぞれの立場と現実的な困難を理解しつつ、共存の方法を探る。
③でも、信念は貫く。

10/2に発表された日本フリーダイビング協会(AIDA Japan)の追加説明では、その姿勢をより明確に読み取ることができる。

複数の国によって行われた今回の行動の目的は、特定の国に関わる人を非難することでも、スポンサーを非難することでも、AIDA Internationalを非難することでもありません。
オリンピック憲章ガイドラインにも記載されている、スポーツは中立であり、政治的干渉から分離されなければならないという基本原則に反する行為に抗議を行ったにすぎません。
今後同様の事態が起きたとき、今回と同じような行動が出来るかどうかは分かりません。
その時々の状況によって出来ることは異なります。
政治は私たちの手には負えません。
しかし、誰かが痛めつけられているのを見たら、また何らか方法で痛みを分かち合いたい思います。分かち合う人が増えれば、一人ひとりの痛みはより小さくなります。

AIDA Japanの行動は他9ヶ国の共感と賛同を得ることができた。もっと丁寧に掘り下げるべきだが、少し壮大な言い方をすると、日本において私たちが当たり前だと思っている「輪を大切にする」「分かち合う」といった概念は、世界の平和と幸福に寄与できる可能性を秘めていると感じた。

AIDA Japanに学ぶ

私はひとりの台湾人として、日本フリーダイビング選手と協会の一挙には大いに励まされた。私たち台湾はひとりぼっちではないと行動で示してくれたことに対して、感謝しかない。

また、台湾人という立場を離れて、ひとりの人間として、古今東西絶え間なく勃発する大小の紛争や対立には、しばしば無力感を覚えるが、そんな中、AIDA Japanの対応に一筋の光とヒントを見た。

私たちの多くは些細な存在だ。捻り曲がった巨大な事象を目の前にしたとき、それをひっくり返す力などどこにもないように感じる。でも、何かささやかな抵抗ができるかもしれない。そして、痛みを取り除くことができなくても、AIDA Japanの言うように、痛みを分かち合う人が増えれば、一人ひとりの痛みはより小さくなる。私も、知恵と勇気と優しさを持って世界と向き合いたい。そんな想いを引き出してくれた熱いニュースだった。

ありがとう。AIDA Japan!


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