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第15話 国内最初の死亡例 ~悲しいニュースだけど、実はすごいニュース~

2020年2月16日

 2020年2月16日に19人目の感染者情報が発表されたが、同時にその方が死亡したことも伝えられ、台湾国内には衝撃が走った。渡航歴なし、感染者や帰国者などとの接触歴なし(公表時点で確認できた範囲)。この第一報は、「いよいよ台湾でも(日本やシンガポールの様に)市中感染が始まったのか!?」と多くの人の不安をかきたてた。私も不安になったうちの一人だった。ところが、新型コロナ対策本部である中央感染症指揮センターの説明をきちんと聞くと、全然違う話であることがわかった。

記者会見では以下の説明がなされた:

 まず、2月7日頃のシンガポールや日本での感染拡大状況を踏まえ、専門家会議を開いた。台湾でのコロナ通報対象条件として、「湖北省/中国渡航歴または接触歴あり」が必須であったが、シンガポールではこれらの履歴がない感染者が多数(その当時のシンガポールでの感染報告例全体の約50%は感染源不明だった)発見されていたため、台湾でも「漏れ」が生じている可能性があると考えた。すなわち、通報条件はウイルスを見つけるために設定されているが、逆に、この条件に当てはまらずに我々が引っかけられていないウイルスが国内にあるかもしれない、と考えた。
 では、どんな戦略で漏れているかもしれないウイルスを探すのか?を検討した結果、時系列を遡って1月31日から2月12日の間に肺炎を発症していた全症例(インフルエンザ確定診断症例を除く)を洗い出し、その保存検体からPCR検査を実施することにした。そして、113例が検査対象となり、そのうちの1例が検査陽性となった。検査結果が出たのが2月15日で、残念ながらその方は同日夜に敗血症で死亡した。
 この方の家族や医療者などの濃厚接触者を検査し、同居家族の1人が、無症状だがPCR検査陽性と診断された。死亡した方は、タクシー運転手だった。彼の行動歴や接触歴を現在調査し、感染源の特定を試みている最中である。

 この記者会見から約3時間後、「死亡したタクシー運転手は、春節の時期(1月末)に中国からの帰国者3名を乗車させていた。この3名はいずれも帰国後呼吸器症状があり医療機関を受診している。彼らとその接触者について現在調査中。」と中央感染症指揮センターからの追加発表があった。その後、科学的手法で感染源特定に成功するのだが、その詳細は次話に譲る。

 この積極的な台湾政府の動きに、私はいたく感動した。情報を分析し、考え、動く。状況を絶え間なく再評価し、軌道修正をかける。そんな政府の姿が見えて、安心した。一見、「新たな確定診断が発見され、しかも死亡」という暗い知らせだったが、実は、市中感染を防ぐまたは最小化するための先手を知らせるものだったのだ。

 最終的に、この死亡例を含めた感染者5人のクラスター(図の①)が見つかった。そして、遡り調査では2月19日にもう1名の新たな感染者が見つかった(図の②)。遡り調査で見つかったクラスターはどちらも家族間の感染だった。こうやって、埋もれていた感染者を見つけ出し、迅速に対応したことで、市中感染を未然に防いだのだった。

 3月下旬のヨーロッパやアメリカでの感染の広がり方から分析すると、2月下旬時点でこれらの地域では既に水面下で感染が広がっていたと解釈して良いだろう。逆に、台湾がこの時期を持ち堪えたのは、このような思慮深い対策を実施したからだと私は思う。

 この件は、派手さがないからか、台湾のコロナ対策を称賛する記事では全く触れられていない。しかし、私はこのとき、「台湾は大丈夫かもしれない」と、初めて自分の中で台湾に対する自信のような感情が生まれた。そして今、この一手がその後の明暗を分ける最初の分かれ道だったのだと思うので、あえて強調しておきたい。

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(参考)2月21日時点での台湾国内の新型コロナ感染者数は累計26名、中国は累計75,543人、日本は累計93人だった。

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