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第1話 一件の投稿 ~すべてはここから始まった~

2019年12月31日

 記憶がややあいまいだが、私自身が中国・武漢で発生している原因不明の肺炎について知ったのは2020年1月7日ごろだった。WHO(世界保健機構)の発表が1月5日だったので、それを受けて日本メディアが報道したのを目にしたのだと思う。当初私は「武漢政府が原因不明の肺炎について中国中央政府に通知し、中国政府がWHOへ報告した」のだと思い込んでいた。ずっと後になって(4月15-16日)事の真相を知ったときは、鳥肌が立った。

 今や世界中に知れ渡った新型コロナウイルス。誰よりも早く武漢での異状を察知したのは台湾だった。そのきっかけは、台湾CDC(衛生福利部疾病管制署)の防疫医師がインターネット掲示板で偶然目にした1件の投稿。台湾の新型コロナウイルス対策本部である中央感染症指揮センターの羅一鈞氏(当時、台湾CDC報道官)が4月16日、同センターの記者会見で事のあらましを語った。(台湾政府はこの件について敢えて触れてこなかったのだと思うが、4月に入ってアメリカ政府が、WHOが台湾の警告を無視したのではないかと責任追及したため、台湾政府も真実を語り始めたという経緯がある。)

 2019年12月31日午前2時過ぎに台湾CDC所属のある防疫医師がPTTという台湾のネット掲示板(台湾版2チャンネル)で武漢政府が12月30日に出した緊急通知に関する投稿を見つけ、台湾CDCの防疫医師グループ内でその投稿をシェア(写真1)。午前3時ごろ、寝付けずにいた羅氏がシェアされている投稿に気づき、情報の真偽を確かめるためにPPT内を確認。


写真1 台湾CDCの防疫医師グループでシェアされた投稿

始まりPPT


 PPT上の投稿では、中国武漢でSARS(重症急性呼吸器症候群)に似た感染症が発生している可能性があることが指摘されていた。また、「現地の市場に関係する7人の感染が確認された」と武漢の医師、李文亮氏(注)が告発する会話内容のほか、検査報告や胸部CT検査画像が添付されていた(写真2)。

写真2 武漢の李文亮医師のオリジナル投稿

事の始まり

 羅氏曰く、武漢政府の通知よりも、李医師の出した検査情報の方に信ぴょう性を感じたのだと。PPTに貼られていた検査報告と胸部CT検査画像は、解像度が低くてはっきりと読めなかったので、ネット上で李医師のオリジナルの投稿を探した。検査報告書には検査日時は記載されておらず、公式印も押されていなかったので、おそらくこの報告書を手にした医師がスマホでさっと写真をとり、仲間に注意喚起を呼びかけるために大急ぎで送信したのではないかと想像した。さらに、その他の外部に流出していた医療従事者らの会話の内容から、武漢では院内感染が発生しており、感染の懸念から患者を隔離していると認識するに至った。医療者同士がお互いに注意喚起している会話だったので、デマの類ではなく、何らかの対応が必要な事態だと判断し、即座に自身が所属する台湾CDCの防疫グループに関連の資料を送信した。朝5時の出来事だった。そこから寝るなんて到底無理だったと羅氏は語っている。
 その日の昼には中国CDCに事実確認のためのメールを送信。WHOにもメール連絡。しかし、WHOからは返信なし。中国CDCは武漢政府の公布した通知(27例の原因不明肺炎があり、7例が重症だという内容)を返信に添付してきただけだった。
 不明な点が多いものの、台湾CDCは同日夜6時には記者会見を開き、武漢直行便の機内立ち入り検疫と国民への注意喚起を始めた。

 かなり警戒心高く素早い行動をとった台湾政府だったが、これが世界規模の長期的な戦いの幕開けになると想定していた人はどれくらいいたのだろうか?いつか台湾CDCの皆さんに聞いてみたい。

 武漢の告発者・李医師→台湾のネット掲示板の投稿者→台湾CDCの防疫医師→台湾CDCの羅一鈞氏→台湾CDC→WHO→世界へ。このバトンをどこかで落としていたら、と思うと、ぞっとする。(WHOがバトンを最初は無視したのではないかとその後議論を呼んだが、その話は他に譲ろう。)

 ネット掲示板の投稿者は、世間に真相が知らされた後、掲示板に再度現れた(写真3)。この情報のリレーに加わった全ての人に感謝を示すとともに、ネット掲示板PPTの存在やそこを利用するネット住民、台湾が情報を正確に判断できる政府と行政体系を持っていることにも感謝の言葉を述べている。

写真3 ネット掲示板PPTの投稿者からの返答

PPT原PO

(注)李文亮医師は、新型コロナウイルスによる肺炎の流行の時、医療関係者として内部告発した最初の数人のうちの1人であり、その後自身も新型コロナウイルス肺炎を発症し、2020年2月7日武漢にて死去。享年33歳。

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