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NO カモフラージュ50周年

2021年、琉球諸島は戦後の米軍統治の後、再び日本の一県として再植民地化され49年が経った。

戦争による島の荒廃と貧困、米軍による圧政からの解放、人権補償と平和を求めて、琉球の先人達は沖縄県として再び日本へ戻るために闘った。基地が無く、人権が当たり前に保証される平和な暮らしのために。

しかし、先人たちの訴えは届くことはなく、カモフラージュされ基地は残り、再び日本の駒として利用され続ける「沖縄県」に戻っただけであった

名ばかりの沖縄振興を餌に経済成長を謳い、島と人を開発・分断し続けられ49年が経った今、大和化した琉球人は来年の再併呑50年目を、”復帰50周年”として祝おうとしているように感じてならない。

こういう指摘をすると、そもそも琉球を支配し、文化・言葉・歴史・文化財・アイデンティティー・基本的人権の全てを奪い続け、今もなお自らの”平和”と"名誉日本人思想”のために私たちをアメリカに差し出しているはずの日本人から、「日本復帰を求めたのはあなた方の方だ」と得意技のトーンポリシングが聞こえてきそうだが、そんなことよりももう琉球人は今、自らが置かれている状況に早く気づき、未来のための選択をしなければならないのではないか。

今月24日、世界がクリスマスムードで”平和”な朝を迎える中、沖縄タイムスの一面を最悪のニュースが飾った。

自衛隊と米軍が、台湾有事を想定し南西諸島=琉球諸島を攻撃拠点にする原案を正式に策定したという内容である。

琉球諸島に米軍基地と自衛隊基地が集中する理由がこのニュースではっきり示された。アメリカの覇権抗争・国防のため、日本(沖縄県以外)の国防と国体のために琉球諸島を盾にするという意図である。沖縄戦で軍は住民を守らないという事を身をもって体験した先人達の子孫である私たちは、また日本に「沖縄を守るため・経済を進めるため」というカモフラージュによって騙されているのだ。そもそも日米安保という国全体の安全保障のための犠牲を、沖縄県だけはなぜか当然のように払い続け、犠牲を払わないと経済政策を受けられないということがどれほど馬鹿げていることなのかは、少し考えてみればわかることだ。

先祖たちが世界一の米軍を相手に闘い、”復帰”したはずの「武器を捨て、軍隊を捨て、過去の行いを反省した平和の国・日本」は幻想だった。ここ数年のあからさまな政府の強行政治やそれを支持する日本人の態度と体制がそれを表している。

いつまで私たちは、日本とアメリカのために犠牲になり続けなければならないのか。

いつまで私たちは、人として当たり前の権利を訴えることに過激派と呼ばれなければならないのだろうか。

過激なことを押し通し搾取している過激派はどっちなのか。

いつまで私たちは、右と左に別れ、お互いのせいだと恨み合わなければならないのか。

この悪循環の社会構造の根本はどこにあるのか、そしてそこから現代の私たちはどのポジションにいるのかをしっかり考えなければならない。

パンデミックに対しても無策の政府の下、全国一の感染爆発、県経済全体の落ち込みに追い討ちをかけるように、米軍・自衛隊の事件事故・隠蔽工作が目の前で繰り広げられる中、その責任を、政権与党は”対立する沖縄県”になすりつけてきた。感染症対策に関しては反省すべきポイントが県にもあることは確かだが、そもそも沖縄に押し付けられた諸問題への対応に加え、政府の無策・無支援の状況下で、怒りの矛先を間違えないで欲しい。

経済が豊かにならないのは、私たちが怠けているからではない。

対立しているのではなく、対立させられていること。

そして決して来年の50年目を当たり前にしないということ。

先人たちが勝ち取ったはずの人として当たり前の権利を踏み躙られ、騙され、利用され続けた50年目だということを。

この社会構造から抜け出せないのは私たちの責任ではない。沖縄県の民意を聞きもせず自らの安全圏を守りながら他責にする日本政府とそれを支える日本人に全責任がある。

私たちはもう自らを卑下することなく、しっかりと琉球の視点で、世界情勢を捉え、未来のために進む時ではないだろうか。

この日本による再植民地化50年目の屈辱を機に、今一度歴史から現在までを見直し、再確認し、私たちの琉球諸島にとってより良い選択ができるようにしていきたい。

OUR IDENTITY IS NOT FOR SALE!

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