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【9月23日鶴居村講演会〜ネイチャーガイド山本浩史氏編〜】
9月23日、9時40分に遅延なく釧路空港に到着。
出迎えてくださったのは北海道アウトドアガイドの山本浩史さんで、
ロッジ「ヒッコリーウィンド」のサポートもされている、穏やか朗らかなナイスガイ、そしてリンクシルの代表。
山本さんとの出会いは昨年。
読書のすすめの小川さんが「センジュ出版読書会をオンラインで主催なさいませんか?」と無茶振りされ、よくわからないながらに引き受けてくださったことで、
その後この読書会は1年後「講演会」に名を変えて現在全国さまざまな方のお力があって開催される、毎月の継続企画にまで発展している。
山本さんが初の主催者を引き受けてくださらなければ、あの人にもこの人にも出会えていなかったことを思うとただただ感謝だし、
小川さんもよくぞ山本さんにお声がけくださったと、ありがたさがひとしお。
その山本さんに「9月23日に東京で開催される予定だった講演会がリスケになったため、翌日の北見行きの前にそちらでこの講演会のピンチヒッターをお願いできないでしょうか」と無茶振りしたのが、およそ2週間前。
ただただ、当初の主催者さんのお気持ちに応えたくて、山本さんの力を借りたかったため。
「開催できなくなってしまい悔しい」とおっしゃったその当初の主催者青年の声は、心の声そのものだったから。
あの悔しさを、たくさんの人から彼が感謝を受け取る流れに変えようと決意。
でも、話がまとまらなければそれはそれで意味がある。執着してはいけない、けれどいい加減な気持ちではいけない。
なので自分の思いを伝えた上で、「無理はなさらずに」と、山本さんにお伝えした。
すると、想像以上に話がスムーズに動いて数日でほぼ準備がまとまり、
山本さんは毎日、仕事終わりの夜中にさまざまな連絡をこちらに送ってくださった。
後から聞けば、以前から山本さんはヒッコリーウィンドでの私の講演会を開催したいと考えていたのだそう。
なので講演会のテーマも素早く出てきたし、なるほど当日の構成も驚くほど早く決まったわけだ。
とにかく、きめ細やかなご対応に安心して当日を迎えて山本さんと合流、
向かったのは日本最大湿原「釧路湿原国立公園」の細岡展望台。
「大観望」の別名を持つそうで、湿原の中を流れる釧路川の雄大な蛇行と、阿寒の稜線など圧巻の景色が広がっていて、思わず簡単に言えば感歎がもれる。
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正直、このパノラマを目にできただけでも感動していたのに、ここから、ガイドの方がいてくださることの強烈なありがたさを知ることに。
山本さんが取り出されたのは、一つ数十万円する双眼鏡。
そして三脚付きのこれまたウン十万円の単眼鏡。
双眼鏡、単眼鏡、三脚、すべて合わせると100万円ほどになるんだそうですよ、奥さん。。
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空港に着いた頃からずっと雨が降っていたけれど、この展望台に着いた瞬間、スーッと雨が止んだ。
山本さんから差し出された双眼鏡を覗くとそこには肉眼では決して見つけ出すことのできない二羽のタンチョウの姿が映し出されていて、ただただ驚くばかり。
「なんとなくあの辺りにいるだろうと気配を感じられるまで、時間がかかるんですよね。今日対談していただく安藤さんは僕の師匠ですけど、とてもとてもかないません」
との話を伺い、そんな方と話すことなんて自分にできるのかしらと冷や汗の出る私。
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その後の移動中にも離れた場所にいるエゾシカに遭遇し、またも双眼鏡でくっきりと見えたその姿。
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写真を後から見るとよくわかるのが、双眼鏡のレンズの明るさだ。
ここにアップしたのは露出がややオーバー気味だったので少し現像かけたものの、実際はもっと白っぽく見えるほどに明るかった。
「夜間でもしっかり見えますよ」と山本さんがおっしゃる意味が、よくわかる。
なんでもそうだけれど、道具は確かに大切。そしてその道具を理解して扱う、その人のセンスもまた。この道具をすすめてくれたのも、安藤さんだそう。
ボリューミーで新鮮なお寿司を「なごやか亭」でお腹いっぱいご馳走いただき、
今回、ご家族のお誕生日ということで講演会に参加できないと話されていた山田優子さんが営む、おたのしけギャラリー崎地へ。
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この日樫尾容子さんによる圧巻の切り絵作品が展示されていて、以前山本さん主催の読書会にてオンラインでこそお目にかかった優子さんに直接ご挨拶できたことを喜んでいたら、優子さんが突然、センジュ出版の8冊目発行予定の本について話し始めた。
「もしかして……」と切り出されたその内容に動けなくなる。
3月1日にFacebookに投稿した下記の記事で、なんとなく著者の見当がついたのだそうだ。
*この著者が誰かを知るごく少数の方は、諸事情によりコメントせずでよろしくお願いいたします。
3年前の2月27日に出会った、とある人物。
私は初対面のその人にその日、書籍を出させてほしいとオファーした。
こちらから一方的に存在を知っていたその人は、人に求められる人、そして人に必要とされる人だと、その数年前から確信していたからだ。
その後その人は以前に増して、想像を超えて、たくさんの人に愛される存在になっていった。
この3年、何度か話をして、泣いたり笑ったりしながら、さまざまな感情の声を聞かせてもらった。
その声を聞くたびに本にしたいという思いは深まるばかり。
うちのような小さな出版社が選ばれるわけないかとどこかで考えながらも、ずっと諦めきれなかった。
そんな中、昨年末に本人から出版に関してGOサインをもらった。
内心、飛び上がるほどに嬉しかった。
そしてうちを選んでもらえたその理由を聞いて、帰りのタクシーで少し泣いた。
それからは、12月31日も1月1日も、本についての話を何時間も重ねた。
タイトルや装丁など、イメージを少しずつ擦り合わせていった。
とはいえ、それでも私はずっと自分を疑っていた。
この人は、大きな出版社から本を出すべきなのではないだろうか。
やっぱり辞めますと断られても、仕方ないのではないか。
これは、センジュ出版のこれまでの著者にも同じ気持ちだ。
それ程に、自分で自分を信じることが難しかった。
ほとんどの人が知らない、吹けば飛ぶような出版社。
それがセンジュ出版なのだから。
2月28日。
3月へと、日付が回る時間帯。
その人が大勢の人を前に感情を溢れさせ話す様子を、私は自分の目に焼き付けていた。
ずっと、この剥き出しの感情に魅せられていたんだった。
ずっとずっと、真っ直ぐで不器用なその人の生き様に、私は惹きつけられていたんだった。
そう再確認した頃。
その人が、集まった人を前に出版について初めて話し始めて、思わず酔いがぶっ飛んだ。
そして、その人は力強い声で、
「センジュ出版を勝たせたい」
と叫んだ。
思わず、ボロ泣きした。
涙を止められなかった。
今自分が耳にした声。
今自分が目にした表情。
簡単に信じることができないほどに、
センジュ出版はこれまで、いろいろありすぎた。
すべて出来の悪い社長の、つまり私のせいだった。
そんな、凸凹道の先にあった昨日。
その場にいた旧くからの友人経営者に、泣いてアイラインも眉毛も消えた顔で思わずハグすると、
「もう、自分できへんとか、思わんでええんちゃう?」
と言われ、また泣いた。
25時過ぎ。
帰宅して、居間でぼんやりと考えた。
2022年の2月から3月に跨いだ瞬間に別人になんて、なれやしない。
私は相変わらず、自分を疑っているのだ。
でも。
あの人のあの言葉を信じようと思う。
あの人のあの言葉が現実のものとなるように、自分のできることを精一杯努める、それが自分のやるべきことだ。
大丈夫。
今のセンジュ出版には、これまでの6年半がある。
これまでのたくさんの失敗と、たくさんの感謝を抱えて、
このセンジュ出版9冊目の本をこれまで同様、大切に形にします。
勝つぞ。
誰に? 何に?
私にだ。
センジュ出版を投げ出したくなった、あの日の私にだ。
社外の方でこの本がうちから出ることを知る方は、当時この場にいらした方以外ではごく少数。
センジュ出版の資金繰りに深くかかわる関係者と、書籍流通にかかわる方々、
この本の制作にかかわる方々のみ。
当日そこにいなかった彼女が、どうしてそれをうちの会社からと思ったんだろう。
思わずハトが「豆はでん六」と口ずさむような顔をして、動揺を隠せずいろいろバレバレな表情を浮かべていると、
続いて、その著者のSNSでの投稿にまつわる心情についてをピタリと言い当てた。手強い鮫肌が、コラーゲンたっぷりな鳥肌に様変わりしまくっていた。
もう完敗。これはこの本がそろそろ世に出るタイミングなのだと観念し、
「はい、うちから出ます。そしてその著者の心情については、おっしゃる通りです」
と伝える。この本がうまくいく予兆なのだろうと。
その後、彼女が心酔する千葉健さんのあたたかなパステル画の数々を拝見し、
ギャラリーを後に。
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一体、なんなんだろうこの数時間は、と思いながら、ヒッコリーウィンドへ向かう道中、草原に佇む数十羽のタンチョウの姿を山本さんが即座に発見。
静かに静かに車を近づけ、すぐに車を降りないよう言われる。
「この時期にこんなにいるの、珍しいですよ、吉満さん。ここに車がいることにツルに慣れてもらってから、そっと降りましょう」と。
いや、目視で1センチくらいにしか見えないほど離れた場所に車を停めているのにそれほど気を遣うのかと、ツルの警戒心に感じ入っていると、別の車が音を立てて山本さんの車のすぐそばに停まり、その瞬間、ツルが一斉に飛び立った。
雄大なその羽ばたきに声が漏れる。
釧路に来てからずっと感動し続けていて、もうそんじょそこらの感動コンテンツでは感動しないぞ、とこの時には思っていたものの、この後3日間ずっと心が揺り動かされるのだから、北海道というところはなんとまあ、でっかいのだろうか。
洒落で「でっかいどう!」、と言ってみたらいいかもしれん。これは発見だ、誰もまだ気づいていないはずだろう、しめしめ。
とにかく、その後も近くに降り立ったツルにまた双眼鏡、単眼橋が向けられ、羽の色、形までも間近に感じ、
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ああ、来てよかった、もうお腹いっぱいなのに果たしてこれからが本番とは、と頭の中がぐるぐるしているのに、車はぐるぐる迷ったりせず、真っ直ぐ、今日の宿兼講演会会場、鶴居村の山間にひっそり佇む「ヒッコリーウィンド」に到着した。
もう、一泊二日と思えないほどに、こっからが長いんだよ苦笑。
なので、続く。
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