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#千住暮らしのひとコマ

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千住での暮らしの実際の体験談をお届けします。
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2020年8月の記事一覧

風化の美学 〜空間の素材〜

ぼくの目は、いつの間にか千住のまちのシワばかり気になっていた。 「いつまでも若く見られたい」 若さに固執する姿は美しくない、と思う。最高齢現役モデルのカルメン・デロリフィチェは、加齢(エイジング)もファッションも自分のスタイルに変えている。その姿を見て、多くの人は美しいと思う。 まちも同じである。まちの空間に時が刻まれている姿は、人々を魅了する。わびさびの文化をもつ日本人であれば敏感であるはず。例えば、欧州の国々へ旅行して、その街並みに感じる美しさだってその類。表層的な

「城壁」と暮らす

ぼくの目は、千住の大踏切の青い桜並木をくぐった先で土手に突きあたった。 土手を「城壁」と見立てる。千住は城郭都市だ。響きがいいが中身は村に近い。千住の四方を荒川、隅田川、綾瀬川が囲んだため、洪水という侵略への防御として「堤」が築かれた。もちろん西洋のそれとは違う。 ケヴィン・リンチの著書「都市のイメージ」(The Image of the City)に、都市のイメージを構成する要素のひとつとして「エッジ(都市の境界)」がある。 千住のエッジはどれだけの人に認識されているの

千住のコンポジション 〜 序 〜

ぼくの目は、地図と頭の中にある千住を行ったり来たり。 江戸時代、千住は宿場町。江戸四宿のひとつとして栄えた。1625年に建設され、日本橋から2里(約8km)に位置する初宿。日光道中、奥羽道中へ続く江戸の北の玄関。たくさんの人やモノが行き交う、まさに千住は「通り」のまち。 今、わずかに残る建物や蔵は、その時間をつなぎとめているかに見える。 よく目を凝らしてみると気づくことがある。「通り」に面する建物、その土地のカタチ「地割り」は間口が狭くとても長い。この「通り」とうなぎの

千住荒川の土手散歩

北千住に暮らし10年以上が経ちます。コロナの自粛期間中、運動不足解消に今まであまり行ったことがなかった荒川の土手を、毎日自転車で走ることを日課としました。荒川の土手で見た景色やどんな方が利用されてたのか、いくつかご紹介します。 #チャリ爆走族 朝早めの時間帯は、サラリーマンの方と、速乾性あるシャツとピチッとしたレギンスにヘルメットという格好で、オシャレクロスバイクにまたがる方が爆走してました。私のようにチンタラ走るチャリは、できるだけ邪魔にならないよう端を走行するのが必須