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マッチングアプリで出会った人と3ヶ月で事実婚するまで#2 〜初めてのデート〜

その日はあいにくの雨だった。
わたしの最寄り駅まで来てもらうからと彼に任せた待ち合わせ時間は13時。
5分前に着いて待っていようと思って駅まで歩いていたら、彼はもういた。10m手前くらいで彼を見つけて焦ったわたしは立ち止まるタイミングで足を滑らせたけれど、幸い転びはしなかった。
見つけやすいようにとトップスをピンクのスウェットにしたのに、あんまり意味なかったな。

「はじめまして、トシです。」
彼はプロフィール通りの人だった。少ない写真から本人の見た目はイメージしにくかったけれど、顔は写真より可愛い系だった。わたしの顔のタイプは真面目が顔から滲み出ちゃうタイプの人なので、ど真ん中ではないけど近めでアリだなと思った。髪はしっかり整えてあったので、しばらくしてから天然パーマだということを思い出したくらい。
身長がすごく高い人は初対面ではちょっと苦手なので、目線が同じくらいの彼に親しみを覚えた。

すごく行きたいラジオのイベントがあって、一般販売が13時からだったのでデート中応募してもいいか許可をとった(デート舐めてる)。どうせ取れないと思っていたので、彼のことを優先しつつチケットにも気を配ることになった。


最初の予定はランチだった。
ジムに行こうと話していたので、前から行きたかったジムの近くのベトナム料理屋さんに行った。
歩いて15分くらい。イベントのあるラジオの話などをした。

ベトナム料理屋さんはメニューが少なく、フォーしかなかった。
それぞれ別のスイーツのセットを注文したけど、内心「初対面でフォー!?すするのか、すすらないのか、どっちが好印象なんだ?」と思っていた。
わたしは結構人の食事マナーを見るタイプなので、相手にも見られていると思って初対面では特に気を遣ってしまう。

結局すすった。相手がすすってたし免罪符もらった感じ。
彼は箸の持ち方が綺麗だった。関係ないけど左利きだった。スマホもテーブルに出していないし、印象のいい人だと思った。
彼は年末を過ごしたアメリカの話をしてくれた。弾んでた気がする。わたしはラジオのイベントに応募するのを忘れて、気づいたら予定枚数が終了していた。

スイーツはシェアした。どちらを食べるか迷ったので、シェアを言い出せる人は嬉しい。
お客さんがあまりいなかったので、食べ終わってもしばらく話していた。気づくと雨も上がったようだったので、ジムに移動することにした。


ジムは公営のところ。
わたしがメインで利用していたジムだったので、施設の使い方などは簡単に説明した。
着替えて集合したら、彼は結構ピッタリめのシャツを着ていた。冬の厚着ではわからなかったけれど、腕とか結構太い。胸はちょっと薄い。

ストレッチの後、最初にラットプルに向かったら、彼は背中のトレーニングをほとんどしたことがなかったようだった。パーソナルトレーニングを受けていたわたしからしたらとんでもないフォームでバーを引こうとするので、「初対面で教えたりなんかしたら引かれるかなあ…でもこんな効かないフォームで筋トレしてほしくないなあ…」と葛藤した末に、教えた。
「個人的な意見なんだけど…」という保険を添えて。
なんか雰囲気は悪くならなかった。後から聞いたら、教えられるくらいちゃんと学んでいるのは印象がよかったらしい。
結局1時間半くらいトレーニングした。


ジムを出て、大通り沿いを歩いた。
途中でパン屋さんや八百屋さんに寄って、パンやスイーツを買った。奢ったり奢られたりした。
歩いている途中に橋みたいなものを見つけて、「いい景色の予感がする」と少し寄り道をした。
雨が上がって空気が澄んだのか、そこには予想よりずっと綺麗な景色が広がっていた。

橋から見えた景色

写真を撮ったり、ぼーっと眺めたり、わたしたちは少しの間そこにいた。
いい1日だな、と思った。


近くの名所がある公園まで歩くことにした。
自分がよく行くお店や、大好きなこの街の話をした。

公園は遊び回る子どもと見守る親で溢れていたけれど、幸いにしてテーブルとベンチが空いていたので、座ってさっき買ったパンやスイーツを広げた。

真面目な話になった。
「どうして今の仕事をしようと思ったの?」と彼がわたしに聞いた。
わたしはよそ行き用に用意している回答を話した。「高校生のときにバイトしていた歯医者さんで、楽しそうだと思ったから。」
「トシくんは?」とわたしは聞いた。返ってきた答えに、わたしは恥ずかしくなった。
彼はタイムマシンを作りたかった。持病があって小学校に通うことができず、学生時代にはあの頃をやり直したいと感じていた。物理的なタイムマシンを作るのは難しいと思ったから、VRでタイムマシンが作れるんじゃないかと思ってコンピュータ系の専攻を決めた。プログラミングに出会って、できることを知って、博士を目指すことをやめて就職を選んだ。

彼はわたしに自分のつらい過去を話すことを選んでくれたのに、自分はその選択をしなかった。本当はもっと違う理由があるのに、自分が見せたくない過去をそっくり抜き取った話をしてしまった。
だから彼の話を聞き終わった後に、「実は、自分が今の仕事を目指した理由、本当は違うんだよね」とわたしは言った。
勉強を頑張っていたのに、心の病気になって高校も大学も諦めたこと。高校生の年齢のときに歯医者さんでバイトしていたのは本当だけど、歯科助手の資格があると知って、学校の勉強じゃなければできるんじゃないかと試してみたら本当に資格が取れたこと。それならとものは試しで歯科衛生士の専門学校に入ったこと。留年したこと。就職したこと。今はもう働けないこと。

そこから急に距離が近くなった気がした。
「現状はつらいかもしれないけど、変えようと努力していることはすごいことだよ」と彼は言った。


別れが惜しくて、電車の時間ギリギリまで改札の前で話した。
帰り際、彼のフルネームを教えてもらった。トシだけが名前じゃないだろうと思っていたけど、やっぱり違った。
「僕の名前で検索すると登壇のレポートとかポッドキャストとかいろいろ出てくるよ」と言われたけれど、その話はいつか彼の口から聞きたいから検索するのはやめておこうと思った。

「今日はどうだった?」と彼が聞く。「すごく楽しかった。」とわたしが答える。
「また会ってくれる?」と彼は言った。わたしは「もちろん!」と答えた。

いつもはこの人ここが微妙だなと思うポイントが必ず1つは見つかるけれど、彼に関しては全くなかった。前からの友達みたいに居心地がよかった。
何より、初対面の人と帰りたくなくなってしまうくらい話すのが楽しくなるなんてそう何回もない。また誘ってほしいなあと思いながら、わたしは改札をくぐった後の彼を見えなくなるまで見送った。


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