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498円で「季節」を買った

2020年、今年買ってよかったものを見るのがちょっと好きで、自分が今年買ってよかったものってなんだったかな、と思い返してみた。
1番高かったのは、Mac。2番目はフィルムカメラのCONTAX T2。
わたしの写真ライフを彩るであろう彼らの活躍は来年以降に譲るとしよう。

今年1番買ってよかったものは、498円で買った「季節」だった。

ペットを飼っていないわたしは、緊急事態宣言下にクロホウシという観葉植物に”草子”と名前を付けそれはそれは大切にしていた。
水をやり、毎日テレビ会議の会話と就寝前のへたくそなギターを聴かせてかわいがっていたのだが、別れは突然訪れた。

緊急事態宣言が解除され、わたしは彼女と一日中一緒にいられなくなった。見た目だけで選んでしまったその観葉植物は、我が家の夏の暑さと母の過剰な水やりによりその生育の難しさをわたしに突き付けながらしおしおと精気を失ってしまった。


その「季節」を買ったのは10月だった。


隣に誰もいないことが寂しくてたまらなくなった。
そこで足を運んだのが最寄りのカインズである。

マリモか多肉植物を探していた。
ペットコーナーで水槽のあたりにいるお兄さんに「マリモ置いてないっす」と冷たく追い出され、10分迷って買おうとした多肉植物はレジ2歩手前でプラスチックだと気づいた。

ああ、今日はだめだ・・。

最後に、入り口の近くのガーデニングコーナーを名残惜しくもぶらついていたときのこと。

「ミニ盆栽はじめませんか?」

小さめの看板に、そんな言葉があった。毎日充実して過ごしてヨガなんてやっちゃいそうな女性の写真の上に。

この瞬間からわたしは2020年残りの2ヵ月半、盆栽とともに過ごすことになる。

わたしが選んだのは、プラスチックの器に入った唐楓だった。
税込498円。このままではとても盆栽には見えない。

それまで抱いていた盆栽のイメージといえば、おじさんが、広い場所で、すんごい手間と月日を重ねながら価値のあるものをつくっていく、そんな感じだった。
だから看板に「お水をあげて日に当てるだけ」みたいなことが書いてあっても信用なんてできたもんじゃなかった。
そもそも植物は多かれ少なかれ水と太陽があれば育つだろう。

「唐楓 盆栽 育て方」とググって青い文字をみんなタップしては紫に変えていった。
みんな言っていることがそれぞれ違っていたのに、ひとつだけ目に留まり続けたのは

「まめな人向きの盆栽です。」

という言葉だった。

草子をおせっかいの掛けすぎで枯らしてしまっただけに、この一文をえらく気に入ってわくわくした。

次の週には素敵な器が見つかった。
最近はまっている谷中散策で、プチ盆栽を多く扱う小さなお店。

三重県四日市市を代表する「萬古焼」。
とてもとても美しいその器は710円だった。安すぎてお金を払うとき一緒に握手までしたくなったが、それでもすでに楓より高い。

植え替えてインスタのストーリーに投稿したのがこの写真。

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これでわたしの気分はもりもり盛り上がった。
ガチ初心者のくせに形から入る典型。498+710円で手に入るわたしの悦。

仕事が終わって家に帰るなり、水を入れたコップを持ってベランダへ上がり、これまたへたくそな歌を聴かせるのが日課になった。

「かえちゃん」
毎度センスのない名前である。わたしはただ名前を呼びたいだけなのだ。

かえちゃんを買った2週間後、変化は訪れた。

葉の先が赤らめた頬のように色づいてきたのだ。

「ああ、季節が変わる。」
わたしはそう思った。
「わたしの手の上で、わたしの手で季節を変えている。」
そんなカンチガイをさせるほどに、わたしには感動的だった。

気軽に外に出られない今こそ、彼女がいてよかったと思った。
お祭りも旅行も今年はみんなお預けで、わたしは季節を忘れかけていた。

ベランダの地べたにポンと置いただけの彼女は、我が家の日当たりの悪さと今年の温かい秋によって身を縮こませ葉を落としながら色をつけていった。

盆栽の良いところは、チャンスが1度で終わらないことだと思う。
うまくいかなくても、来年またやればいい。
人間も盆栽も、年を重ねるごとに少しずつ変わっていく。
すごい盆栽にはお金や名声といった価値がつくけれど、わたしの盆栽はわたしだけに価値がある。
他の誰にもわからなくても、自分にだけはお金に換えられない価値がある。

毎週末、家の中で唯一一日中日が当たるわたしの部屋で、常に変わってゆく彼女の姿をぼーっと見つめていた。


ベランダはあまりに風がないので、枯れた葉が落ちることがなく、せっかちなわたしは昨日静かに静かに触れながら葉っぱを全部おとした。

そんでもってこの2ヵ月半の軌跡を誰も見ていないTwitterに投稿してやった。


春にまた緑の葉たちに会えるのが待ち遠しい。
緑がないのがちょっと寂しくて、ひょうきんなフォルムの松を買い足してしまった。
こいつがまたかわいい。ポケモンのウソッキーに似ている。


盆栽は花じゃない。木だから、ちょっとくらい世話ミスっても強く生きてくれるだろう。そんなふうにおおらかでいさせてくれるのも奴らのいいところだ。

498円で買ったミニ盆栽で、わたしは自分の手で季節をつくりあげた。

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