鎌倉幕府の滅亡パート2
現代でも言えることかもしれませんね。
信頼の基盤をどこに置くか。
鎌倉幕府ってのは、"勝ち続けた政府"だったんですね。
そもそもの成立自体、源頼朝が源平の争乱を制して誕生した幕府。
その後の権力は執権の北条さんに移るけど、北条もずっと勝ってきました。
力ある御家人をことごとく排除して、朝廷をもぶっ倒し(承久の乱)、さらにはモンゴル帝国(元寇)という外国にまで勝利した。
とにかく強かった。
だから、弱い部分を見せることが崩壊の糸口になってしまったわけです。
経済や統治機構にもっとウェイトを置いていたら……結果は違っていたのかな?
とりあえず、この戦いでの楠木正成はとんでもなく強いです(戦術の信憑性はないけど)。
本当にありがとうございます!! 先にお礼を言っときます!