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カメムシ

仄かに夏の香りのする5月の朝、コロコロと表情を変える窓外の景色を眺めながら、私は快速電車で仕事場へと向かっていた。気怠さの残る月曜日。雲一つない青空が煤けて見える。

ふと、視界にカメムシが飛び込んできた。
若草色の体から生えた頼りない足が地を掴もうと喘ぐが、ステンレス製の窓枠は、彼のいつも過ごす自然世界と違って掴みどころがない。
哀れなるかな、カメムシはツルツルと滑って流れてゆく。
こんなところに迷い込まなければ、住み慣れた土地で悠々と暮らせていたであろうに。彼は今、見知らぬ土地へと恐ろしいスピードで運ばれていく。
はてしかし、下車した先で新たなユートピアが彼を待ち受けているやも知れぬ。これは彼の華々しい門出かもしれぬのだ。

だが、私にはなぜか彼がこの狭い鉄の塊の中で死に絶える未来ばかりが思い浮かばれるのである。
カメムシの血とは何色であろうか。
それはどれほど鮮烈な死の香りを放つのであろうか。

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