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『最強脳』のエビデンス

世界中でベストセラーになったスマホ脳の著者、アンデシュ・ハンセン先生が、子どもたちに向けて語る最強脳ー『スマホ脳』ハンセン先生の特別授業ー』が同じく新潮新書から上梓され、本日時点でAmazonのランキングで見ると、脳・認知症で第1位、学生の勉強法で第1位、新潮新書で第2位という驚異的な売れ行き。

スウェーデンの精神科医のハンセン先生とは、昨年、NewsPicks記事のために対談させて頂いたのだが、ストーリーテラーとしての素晴らしい才能をお持ちだ。

本書では「最強脳」を手に入れるにはどうしたらよいか、という答えが、なんと早々、「まえがき」の2ページ目に出てくる。

 ただし、「働かざる者、食うべからず」と言われるとおり、自分をレベルアップさせるためには難しくて大変なことをあれこれやらなければなりません。何をしなければいけないかというと、それはなんと体を動かすことです。

本書の中では、なぜ「体を動かす」ことが「脳に良い」のかについて、メカニズムにまでは踏み込んでいないが、エビデンスは多数ある。

すでに多数の書評も出ているので、拙note記事では少しだけ、本書に書かれていない「神経新生 neurogenesis」と運動の関係について紹介しておきたい。

ヒトの脳のどこでどの程度の神経新生があるのかについて、まだ最終的に決着は着いていないものの、神経科学の実験によく用いられる齧歯類(ラットやマウス)では、脳の海馬歯状回という領域に神経幹細胞が存在し、分裂することによって神経細胞(ニューロン)を産生する(この現象を「神経新生 neurogenesis」と呼ぶ)ことがわかっている。

「神経新生」は記憶や学習と関係があり、学習課題を与えた齧歯類で神経新生が向上し、逆に学習のために神経新生が必須であることが知られている。

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また、運動や環境強化(enriched environment)が齧歯類の海馬神経新生を向上させることについては、世界中で再現性が得られており、筆者の研究室でも以前にマウスを用いて確かめている。「環境強化」とは、大きなケージに複数のマウスを入れ、回転車やトンネルなどの遊び道具を入れた環境で飼育することを指す。

下記の図はもっとも最初の報告からの引用で、とくに第二著者のGerd Kempermann博士が一連の研究を発表したことが、「運動が脳に良い」と信じられるようになった要因と考えられる。実際、神経科学系の学会に行くと、朝、ジョギングをしてから参加する研究者はとても多い。

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本書の中では、運動により落ち着きが増す効果についても述べられているが、これはもしかすると神経新生ではなく、オリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)の増殖なども関係しているかもしれないと密かに筆者は考えている。実際、神経新生を薬剤によって低下させたマウスは「多動」や「不安症状」を示すが、「環境強化」した状態で飼育すると、これらの症状はキャンセルされる(Guo et al., J Neurosci, 2013)。

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神経新生の低下はうつ状態などにも関係するが、「運動すれば良い!」とわかっていても、それができればうつではないだろう……ということで、ちょうど昨日は第40回日本認知症学会のシンポジウムにおいて、脂質栄養による神経新生向上について発表させて頂いた。参考までに拙著『脳の誕生ー発生・発達・進化の謎を解く』(ちくま新書)を挙げておきたい。

『最強脳』は子どもやその保護者、教師等を主な対象として書かれているが、運動が脳に良いことは、子どもだけではなく、どんな世代にとっても重要であることは間違いない。

神経新生とエクササイズの関係をヒトで明らかにするためには、神経新生の様態についてのエビデンスが得られるような脳イメージングが開発されるべきであろう。

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