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「再帰する感染症の中で」読み直したい

三重大学名誉教授の小川眞里子先生が第4回澤柳政太郎記念東北大学男女共同参画賞を受賞され、その授賞式と記念講演のために来学された折、本書をお届けくださったのは2年前。

『病原菌と国家 ヴィクトリア時代の衛生・科学・政治』というタイトルの名古屋大学出版会から刊行された本書は、本文約300ページ、注が180ページという大作(末尾画像で厚みをご覧あれ)。第12回「日本科学史学会学術賞」も受賞されています。小川先生から「図書館に寄付して下さい」と言われて図書館に伺ったら「購入済み」とのことでした。さすが。

小川眞里子先生のご専門は科学史で、『甦るダーウィン―進化論という物語り』(岩波書店)などの名著もあります。澤柳賞の受賞講演会では、科学史的に捉えたジェンダー論についてお話しされ感銘を受けました。

さて、本書の舞台は19世紀のイギリスや欧州、着目している感染症は主にコレラなのですが、新型コロナウイルス感染症が世界中でパンデミックになっている今、読み直す価値があると思います。

軸として流れるのはテムズ河とスエズ運河という2つの「河」。人口が急増するロンドンでテムズ河に下水を垂れ流した結果、市内が異臭に覆われる惨事が生じ、国家として対策に乗り出します。一方、スエズ運河の方は、インド貿易を牛耳る大英帝国の課題となります。さらに、病態理解を進める上で障害となった動物愛護団体の解剖実験反対にも触れられています。ダーウィンの『種の起源』が世に出たのは、こんな時代だったのだと改めて思いました。

内容を俯瞰できるように、目次を転記しておきます。

序章
 一 問題の所在と本書の視座
 二 国家医学から帝国医学へ
第Ⅰ部 テムズ河
 第1章 変容するロンドンの暮らし
  一 人口の急増と食糧問題・衛生問題
  二 農芸化学の誕生と肥料の大量輸入
  三 チャドウィックとファー
  四 テムズ河の汚染
  五 リービヒの発酵および伝染病理論
 第2章 屎尿の利用と衛生施策
  一 衛生政策に着手する
  二 首都下水道委員会
  三 ヴィクトリア時代を代表する大工事
  四 資産としての屎尿
  五 リービヒを担ぎ出したシティ
  六 感謝状とその後
  七 屎尿灌漑と病原毒素
第Ⅱ部 漂う微生物の本性を追う
 第3章 コンタギオンからジャームへ
  一 産褥熱から病院熱へ
  二 ボーダレス時代
  三 リスターの化膿防止法と発酵研究
 第4章 病原菌理論の時代
  一 バードン−サンダーソンと生体解剖反対運動
  二 進化論と病原菌
 第5章 ロンドン国際医学大会
  一 世界の名士が一堂に
  二 微生物学の全面展開
  三 真に国際的な会議
  四 公衆衛生から国家医学へ
  五 ロンドン国際医学大会の意義
第Ⅲ部 スエズ運河
 第6章 コレラとスエズ運河
  一 一八八三年のエジプトにおけるコレラ流行の注目点
  二 「コレラとコンマ菌に関するコッホの理論を論駁する」
  三 スエズ運河をめぐる情勢
  四 エジプトにおけるコレラの流行
  五 フランスおよびドイツのコレラ調査団
  六 ドイツとフランスの動静
 第7章 病原菌と帝国
  一 イギリスの反撃準備
  二 クラインとギビースのコレラ調査
  三 報告書の提出とローマ国際衛生会議
  四 報告書検討委員会メモ
  五 「論駁」の国内評価
  六 医学は帝国の道具なり
 終章
  一 団結して闘う医師たち
  二 本書を振り返って

個人的には、小川先生が本書を書き上げるまでに、ニューデリーの公文書館まで調査に向かったときの波乱万丈のエピソードに心を動かされた。データや文書がきちんと保存され閲覧できるようになっているのは、成熟した社会として、とても大事なことだと思います。

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東京医科歯科大学歯学部卒、歯学博士。同大学歯学部助手、国立精神・神経センター神経研究所室長を経て、1998年より東北大学大学院医学系研究科教授。2006年より東北大学総長特別補佐、2008年に東北大学ディスティングイッシュトプロフェッサーの称号授与。2015年より医学系研究科附属創生応用医学研究センター長を拝命。2004〜2008年度、CREST「ニューロン新生の分子基盤と精神機能への影響の解明」研究代表を、2007〜2011年度、東北大学脳科学グローバルCOE拠点リーダーを、2016年〜新学術領域「個性」創発脳領域代表を務める。「ナイスステップな研究者2006」に選定。第20〜22期日本学術会議第二部会員、第23期、第24期同連携会員。専門分野は発生生物学、分子神経科学、神経発生学。著書に『脳の発生・発達:神経発生学入門』(朝倉書店)、『脳から見た自閉症 「障害」と「個性」のあいだ』(ブルーバックス)、『脳の誕生—発生・発達・進化の謎を解く』(ちくま新書)、訳書に『エッセンシャル発生生物学』(羊土社)、『心を生み出す遺伝子』(岩波現代文庫)など。

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