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エラリー・クイーン「スペイン岬の秘密」読書会レポート

2017年7月8日(土)に開催されたエラリー・クイーン「スペイン岬の秘密」読書会のレポートをお届けします。

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文責 クイーン・ファン

第一幕

せんだい探偵小説お茶会がめでたく5年目を迎え、エラリー・クイーン作品の読書会が完全に年の恒例行事に定着した仙台! (昨年も同じような文句でしたが…ひと味違います。)

今回企画したのは、「スペイン岬の秘密」(角川文庫 訳 越前敏弥・国弘喜美代)でした。

先ほど、ひと味違うと語ったのには訳があります。な、なんと! せんだい探偵小説お茶会で、初の定員締め切りとなったのであります。

ホストが考えていた定員数は、15名でしたが、18名までの(な、なんと初参加が4名!)応募がありましたので、そこで締め切らせていただきました。他県に比べたら少ないかもしれませんが、時間内でミステリの深淵に触れるには限界の数であったと思います。

さて、本題に入って、これまでの読書会で取り上げたクイーン作品は、ファンクラブ以外のランキングに取り上げられたものが多かったのですが、「スペイン」はランキングにはいったことはありません(「フランス白粉の秘密」もですね)。ですが1983EQFC(エラリー・クイーンファンクラブ)国名シリーズ+1アンケート7位、1997EQFC全長編アンケート16位、2014EQFC国名シリーズ+2アンケート6位と、クイーンファンの中では、評価が高い作品であります。

梅雨まっただ中ではありましたが、夏日の暑さ厳しい中、せんだい探偵小説お茶会で、どのような評価になるのか? 参加者の数から絶賛の声が上がるのではないか? ホストが読んでいく内に感じた漠然とした不安は、杞憂に終わるのか? と思案しながら、会場で参加者と向きあうこととなりました。

第二幕

毎回、クイーン読書会では、作品にちなんだお菓子が出てきます。福島読書会の世話人の方からは、クイーンだから二人で半分にできる菓子が差し入れされました。ホストからは「スペイン産の材料が使われた菓子」でした。
お菓子を探し回ったのですが、見つけることができませんでした。提供してみると、ひねりが少なく、不完全燃焼気味でありました。言い訳にしか聞こえませんが、このお菓子に対する情熱の少なさも、作品に対して感じた漠然とした不安の表れだったのかもしれません。

閑話休題。

さて、自己紹介を終えて読書会は本書の内容へと。参加者の感想は以下のようなものでした。

「おいてけぼりにされた。納得しないうちに話が終わった」

「びっくりするくらい何も憶えていない。1回読んでいたことも忘れていた。読んでいる間は楽しいのに…」

「チャイナの変化球から原点に戻ろうとしたのでは。舞台装置と人物の配置から作者も納得のいく推理ができた作品とは思えるが、作者が迷っているのではないか」

「電話の一人芝居に感心。犯人が下着を身につけたのだろうか?」

「被害者をエラリーが蔑んでいるように思えた」

「犯人は推理しなくても、なんとなくそうかなと思っていた。最初のローザの強気ですごい女子だなと思った。最後は幸せになって良かった。服を脱がしたところがチャイナのことを思い出しました」

「あまりにも、手掛かりがあからさますぎて、犯人がわかりやすかった。でも推理というよりは手掛かりからの感じで犯人を当てた。手掛かりを与えすぎではないか」

「エラリーは母親がいないことから、許しを知らない。だから本作品では、人間的なものがない姿が見られた。ライツヴィルものに繋がる要素も見られた」

「最初の場面が大変だったのに、失踪した人を、そのあと誰も心配していない。だから…」

「登場人物紹介が面白い。ある登場人物の紹介が、かなり非道い」

「○○○○○○○夫人のいわれようが非道い! 死んでもなお、印象に残るなんてすごい!」

「謎解きに関しては評判が高いだけある。しかし、今の読者にはすぐわかるのではないか。ものたりなさを感じた。もっとエラリーにひっかかる影があると良い」

「二組の夫婦の描き方でのギャップが面白く読めた」

「他のクイーン作品に比べると物足りないと思った。警視がいないためかもしれない。冒頭から下降していく感じ。徹底した理論家と登場人物紹介で出ているので、それを作者が行いたかったのかな」

「うまくいいくるめられている感じがした。裸なのにマントや帽子、ステッキが残されていた謎が、一気に解かれるのではなく、マントの理由が明らかになってから解かれるので、二段のデコレーションケーキが一段になってしまったような気がして残念だった」

「意外性から見たら、意外じゃない犯人だったが、外部からか、屋敷内からかを考え、逃走経路を絞り込む論理には隙がないように思える」

「犯人の詰めは甘いんじゃないか。共犯者を逃がしたことは甘いと思う」

第三幕

今回も、感想発表の終わりには、お茶会の重鎮、T氏からインタビュー形式の質問がありました。(実は前回の読書会でお会いした際に予告されていました)

「プロットが穴だらけである。推理に厳密性を欠く。魅力的な人物がいない(探偵が不愉快であることも含む)。文章が下手である。ユーモアに乏しい。スペイン岬はこの五つの要素を全て兼ね備えた作品である。その論証のためにインタビューをしたい」とはじまり,ホストが登場人物に扮して約25分のインタビューが行われました。その内容は、ホストが感じていた不安を大きく揺さぶり、作品世界を崩していきました。不安を大きくされるのではないかと思いましたが、ホストは清々しい気持ちになることができました。「スペイン岬」に激震を与えた主要な質問を簡易版でお届けします。

犯人へのインタビュー

「救いたい人物のための犯行が、動機ではありますが、自分が疑われないようにするために取った行動のために、周りの人たちに容疑が向けられてしまったのではないですか」

「……すみません」

「時間や場所を限定している割には、計画的な犯罪とは思えないほど杜撰なところが多々見えるのではないですか」

「………動転していたからだと思います」

「屋敷内で殺害せず、別な場所で殺害して死体を隠せば良かったのではないですか」

「……………そうすればよかったです」

探偵へのインタビュー

「この作品は、探偵であるあなたが文責であると考えてよいのですね」

「…はい」

「人間的要素を数学に置き換えて考えたがるあなたにとって、この事件の最大の問題は被害者がなぜ裸だったのかという謎を解くことでしたね。その解明を始めるにあたって、考えられる説は五つしか考えられないとおっしゃいました。それは、本当ですか?」

「………………………」

「あなたのお得意な論法、この問題について考えられる説は、A、B、Cの三つしかない。A説とB説は間違いである。したがって、正解はC説であるという類いのものは、数学の問題ならいざ知らず、人間の意思や行為に関わるような問題について、ある現象を説明する説をすべて挙げつくすことなどまず不可能だと思うのです。三説しかないと思っていても、必ずD説やE説という見落としがあるものです。繰り返し言います。服を盗む理由は五つしかないというというのは本当でしょうか?」

「…………………………………」

その後、夏目漱石の『吾輩は猫である』のエピソードを用いられ、論理的な可能性の検討について、推論の信憑性を疑わせるには十分であることを指摘され、探偵はダウン!

探偵は震える膝をこらえて、なんとかテンカウント以内に立ち上がった!

「○○○○○○○夫人の表現が非道すぎますね。なにか個人的な恨みでもあったのですか?」

「……チロル事件(本作品に名前だけ出てくる未解決事件)の関係者の一人が○○○○○○○夫人に大変似ていまして、その人物に煮え湯を飲まされ、そのストレスを○○○○○○○夫人に向けてしまったのかもしれません」

「読者への挑戦状なるものが挿入されているくらいですから、地の文にウソはないと思われます。しかし!」

「…………………………ぐはっ!」

探偵はここでノックアウトとなりました。

T氏のおっしゃることは、もっともでした。私が漠然と感じていた不安(プロットの穴と推理の厳密性)が明確になったところで、インタビューの終了となりました。

第四幕

「あなたがもっとも好きなキャラクターと場面と台詞は?」

キャラクターと場面と台詞はリンクしているものがほとんどでした。ここでは、好きなキャラクターを挙げていただいた人数と場面と台詞を合わせた形でお伝えします。

エラリー(4人)「犯人を告発するシーン」「眼鏡をかけている理由」

ティラー(4人)「できすぎるところ」「謙虚なところ」

反面、嫌いな人も何人か。「できすぎるところ」「きざな台詞」 

ペンフィールド(2人)「エラリーに負けていないところ」

いない(1人)「かんべんしてください」

マン夫妻(1人)「喧嘩のシーン」

ローザ(1人)「強気な行動に出たところ」

ウォルター・ゴドフリー(1人)「男らしさと優しさ。実はティラーがウォルターでティラーの影武者がウォルターだったのではないか」

ステラ・ゴドフリー(1人)「夫に正直に話したところ」

マクリーン判事(1人)「70歳を超えて、寝ずに頑張っているところ」

ジョセフ・マン(1人)「裸一貫でのし上がったすごい男。一冊の本になりそう」

コンスタブル夫人(1人)「最後の文章が綺麗」

他にセシリアが暴れるところや解決シーンも出てきました。

ホストは、思いもよらなかった意見や考えを聞くことができ、読書会の良さを再度実感することができました。

参加者の皆さんが述べ終わったところで、2時間の読書会終了時間となりました。1冊の書物で、ぎりぎりの時間に終わったのは初めてのことでした。話したりないことが、それぞれに有り、懇親会へと移ると、ビールや他の飲み物と料理をいただきながら、ミステリ談義で盛り上がることができました。

最後にT氏から「嫌いな作家なのに、インタビューの質問を考えるのに、結構な時間が掛かったよ」と聞き、「嫌いと言いつつ、実は愛に変わっているのではありませんか」と答えると素敵な微笑を見せていただきました。(本当にありがとうございました!)

ホストは,今回も皆さんのおかげで,濃密で夢のように充実した時間を過ごすことができ,幸甚でありました。

参加された皆さんが,正直な意見を語ってくれたことで,魅力とは何かを再度深めていく必要があると確認できました。今後も益々、ミステリの深淵に触れて行きたいと思います。

終幕

アンケート結果

今回、読書会でアンケートに16名の方々にご協力していただき,結果が以下のようになりました。

せんだい探偵小説お茶会,それぞれのアンケート結果

8月, 2017 - せんだい探偵小説お茶会 - sendai-mystery.com

せんだい探偵小説お茶会アンケートの平均点

FireShot Capture 033 - 8月, 2017 - せんだい探偵小説お茶会 - sendai-mystery.com

EQFCアンケートの平均点

FireShot Capture 034 - 8月, 2017 - せんだい探偵小説お茶会 - sendai-mystery.com

な、なんと! クイーンに優しいせんだい探偵小説お茶会が、とうとうEQFCより辛い点数をつけてしまいました。もしかすると、クイーンを深く読み込むようになったため、この結果になってしまったのかもしれません。次回のエラリー・クイーン祭りでのアンケート結果も楽しみの一つとなりました。

飯城勇三氏のアンケート回答(Queendom83より抜粋)

01.「初読」の感想

十一~二歳の頃かな。
まず,犯人にビックリした。次に,エラリーの推理の鮮やかさに感心。服を脱がせた理由に感心したのではなく,その理由がただ一人の人物と結びつくロジックに感心したのだ――というのは後付けで,ただひたすらに感心した。
最後に,「あとがき」に感心。普通なら無条件に容疑者から外していいはずの○○○○○○まで検討対象に入れ,しかも,消去するデータまで組み込んでいるとは……。最後の最後まで謎解きにこだわるクイーンに感動。 

02.「再読」の感想

解決編だけ再読すると気づかないのだが,通して読むと,ちょっとズルイ。本作で気に入らない点がもう一つ。パズルとして見た場合,最初の百ページと最後の百ページさえあれば充分なのだ。つまり,真ん中の二百ページほどは不要ということになる。(ただし,これは「パズルとしては」であって,「ミステリーとしては」ではないが。)

03.「スペイン岬の秘密」を以下の点から評価してください。(各項目10点満点。10点の基準はこれまで読んで来たミステリ作品で,10点と思えるものと比較して点数をつけてください。)

プロット=(6),サスペンス=(7),解決=(9),文章=(8),パズル性(論理性)=(9),感動・余韻=(9)

04.あなたがもっとも好きな(印象深い)キャラクターと場面と台詞

キャラ:ピッツ
場面=第十五章のラスト,エラリーが犯人を告発するシーン。
台詞=第七章,ローザから「眼鏡をとるとハンサムだ」と言われたエラリーが「胸に一物ある女を避けるために眼鏡をかけている」と返したセリフ。

ホストのあれこれ

01.「スペイン岬の秘密」を読んだ感想

○今回の読書会に向けて(ジュブナイルも含めて)4回読了。計6回目読了。旅先の事件で,期間が短いことから,物語の起伏(ドラマティックな展開,読む側が翻弄されること)が少なく,国名シリーズの中でも落ち着いた雰囲気が見られると思いました。

推理については,「裸にされた理由」に初読の時,膝を打ちました。こんなにもシンプルなものだったのかと,唖然とした記憶もあります。その後に展開される,消去法については,フムフム成程と感心しつつも「裸にされた理由」の方がインパクトが強かったので,そちらばかり残っていました。日本のミステリ映画の某シーンも思い出していたからかもしれません。ただ,再読を重ねていくと,飯城さんもおっしゃっていましたが,犯人への絞り込みの仕方と伏線,状況の提示していく順番の巧みさとタイミングに舌を巻き,感心から感動へと気持ちが変化していきました。

有栖川有栖の「孤島パズル」と重なる部分があると思うところがあります。謎の設定はクイーン作品の方がハデではありますが,物語の感動と美しさは……。ただ,有栖川有栖は「スペイン岬」も念頭に入れて作品を作られたと信じたいと思います。そう考えると「スペイン岬」がなければ「孤島パズル」のような素晴らしい作品は世に出なかったのではないかと思います。

初読でも犯人を当てることはできるかもしれません(ちなみに私はすっかり騙されました)。だからといって「読者への挑戦」(作者)に勝利したと考えることは難しいと思います。クイーン作品は「犯人を当ててみて」とか「トリックを当ててみて」ではないのです。「エラリーは,どんな意外な推理をしたか当ててみて」と挑戦しているのだと思います。エラリー・クイーン Perfect Guideの「スペイン岬の謎」にも飯城さんが書いていたように,犯人以外を消去する理論を考えた場合,ストイックなまでに「余分な部分」がない状況を作っていったのが本書だと思います。それは,犯人を当てただけでは得られない推理の感動があるからだと思います。

法月綸太郎の評論「大量死と密室」の中で,「チャイナ」が「大戦間探偵小説」の時代に有りながらも,「大戦間探偵小説」に疑問を感じて「無名の被害者」と「トリック成立のために死体をモノ化してあつかう」ことを行い,「大戦間探偵小説」を超えた荒涼とした光景を見せ,ミステリを新たな地点へと向かわせたのではないかと語っています。その「チャイナ」の次の長編が本作であることを考えると、もっと奇をてらったものになりそうでしたが、そうではありませんでした。もしかすると「チャイナ」以上のことをしてみたいとクイーンは考えていたのかもしれません。そこで、バールストン先攻法ではない「犯人の不在」をしてみようと本作品に取り組んだのではないでしょうか。ただ、解明まで行ってみると,結果的にはオーソドックスなものになってしまったのではないでしょうか。穿った見方をすればメタ的な「犯人不在」を見据えていたのかもしれません。しかし、それだとあまりにも前衛的になってしまうので(現在では何作かあります),着地に至ったらオーソドックスなものになったのでしょう。オーソドックスな犯人隠しに「意外と思える程の消去の理論を用いた推理」を提示した作品が本作なのだと思います。プロットと推理には穴があります。しかし、クイーンは模索しながらミステリの底上げを図っていったことは間違いありません。なぜなら、後進に与えた影響はあまりにも大きいのですから。

02.「スペイン岬の秘密」の点数。

プロット=(6)「」,サスペンス=(4)「」,解決=(10),文章=(8),パズル性(論理性)=(10),感動・余韻=(7)「あまりにも作者クイーンの状況設定の持って行き方が巧みであることと,後続のミステリ作家に影響を与えた感動に。」

03.あなたがもっとも好きな(印象深い)キャラクターと場面と台詞

キャラ:ティラー
P192「ティラー,きみともっと近づきになりたいよ。すぐに気の合う仲間になれそうだ」
P203 エラリーから「一本どうだい」と煙草を差し出されるが断る。
P209「女性に悪態をつく男性には<略>亭主です」との言葉に「お見事!」とエラリーの賛辞。
P424「ティラーはこの事件でただひとつの明るい光であり,褒賞を受けるに値します」

尊敬する人物に認められ,褒められるなんて,なりたい人物の姿がそこにありました。(エラリーの引用についても答える博識なところも良かったです。執事ではないのに貴族探偵の執事やウッドハウス,アシモフも思い浮かべました。)

場面=第十六章全部。
台詞=P89のプルードンの言葉「財産,それは盗奪である」のあとに「すると,気分が軽くなります。ぼくはつまらない人間ですが,相手が-まあ-泥棒なら,引け目を感じることはない。ですから,気楽にやりましょう」
エラリーの諧謔を弄する中にも,小市民的に見えるところがいいです。
飯城さんのあげた台詞も候補でしたが,上記の台詞を一番にしました。

○戯言

TWIN PEAKS The Returnがはじまりました。鼻息荒くして見ています。それで,なぜ,この場でその話題を出したかというと,この新シリーズで最初に出てきた死体が,『こりゃ,エジプトとスペインですか!』と叫びたくなるようなものだったからです。

(これを語ってもネタバレには全く繋がらないと考えています。ですが,この文章を読んで,見る楽しみを奪われたと思った方がいましたら申し訳ありません) 



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