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エラリー・クイーン「チャイナ蜜柑の秘密」読書会レポート

2016年7月30日(土)に開催されたエラリー・クイーン「チャイナ蜜柑の秘密」読書会のレポートをお届けします。

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文責 クイーン・ファン

第一幕

せんだい探偵小説お茶会がめでたく4年目を迎え,エラリー・クイーン作品の読書会が年の恒例行事となり(えっ,いつ?),今回企画したのは,「チャイナ蜜柑の秘密」(角川文庫 訳 越前敏弥・青木創)でした。

これまでの読書会で取り上げたクイーン作品は,数あるランキングの中でも燦然と輝く評価を得ていましたが,「チャイナ」は1983EQFC(エラリー・クイーンファンクラブ)国名シリーズ+1アンケート9位,1997EQFC全長編アンケート13位,2014EQFC国名シリーズ+2アンケート9位,「密室大集合」アンケート8位と,EQFCの中でも評価の分かれる作品でありました。ですが,作者の一人,フレデリック・ダネイが自選1位にした本書。
梅雨明けを迎えた翌日で,暑さの厳しい中,せんだい探偵小説お茶会では,どのような評価になるのか?とホストは不安を抱えながら,会場で参加者と向きあうことになりました。

ホストは,参加者が少ないのではないか(作品のせいではありません。ホストの宣伝に対する不安です)と危惧していましたが,12名の参加者の方々に参加していただきました。そして,今回も前回の「エジプト十字架の秘密」読書会同様,アンケートも書いていただき,読書会が始まったのでした。

第二幕

(「チャイナ蜜柑の秘密」のネタバレあり。未読の方は,絶対ここから下は読まないでください。絶対に後悔します。)

毎回,クイーン読書会では,作品にちなんだお菓子が出てきます。福島読書会の世話人の方からは,意見として「冷凍蜜柑」を進められていましたが,ホストは「蜜柑」から「オレンジクッキー」。そして密室からキューブ型の「生キャラメル」を出させていただきました。他に世話人から「オレンジマカロン」。参加者からは「チョコレートオレンジ」や本物の「蜜柑」をいただきました。

閑話休題。

さて,自己紹介を終えて読書会は本書の内容へと。初読の方は8名,その内で犯人がわかった方は0名と解釈しました。再読の方でカーの「三つの棺」を読む前に,読んでおくべき「密室」作品の中に本書が提示されていたので,読んだというYさん。Yさんは「密室」と知っていたから,「密室に閉じ込められたのは一人だから」という論理で,初読時に犯人を当てることができたようです。某出版社の古い訳の見開き紹介文や密室アンソロジーのアンケート結果にも本書の名前が出ていて,それを目にしてはいましたが,ホストは初読時に犯人を当てることができませんでした。Yさんの慧眼に感服しました。

「感想や疑問点」をキーワードに参加者の方々から,それぞれお話をうかがうと,
「表紙がかわいすぎ」
「全体に楽しげな感じ」
「この密室は作れないのではないか」
「密室の作り方がわかりにくい」
「本当にわかりにくい」
「EQFCの『チャイナ橙クッキング』を見てやっとわかった」
「大丈夫です」
「作者が『逆向き』という言葉をつかって話を創りたかったんだろうな」
「犯人が死なないような場所で,謎解きをすればいいのに」
「創元推理版はですます調で,新訳版は砕けた感じのしゃべり方になっていることに気付いたとき,事件と関係があると思っていましたが,関係なかったので残念でした」
「犯人のところに,入れ替わり立ち替わり人が訪れているシーンで,この人が犯人ではあり得ないと,すり込まされたところに感心した」
「聖職者の格好がイメージできないところが残念だった」
「楽しさはいつ始まるの?結構,体力のいる読み物だった」
「ホテル住まいが,かっこいいと思った」
「みんなの意見を聞かないと気づけない部分が多い作品」
「20分ですべて逆向きにする意味がわからない」
「この犯人の心理がわからない」
「JJマックがプロットでわかったと書いてあって,本当にわかったの?」
「被害者の扱いが,ひどいと思えた」
「論理について,自分が決めたルールにこだわりすぎているのではないか」
「蜜柑に意味がなかったのは,拍子抜け」
「論理がトリックでぶちこわされた」
「手紙を盗むのは,いかがなものか」
「クイーンらしくない作品」
「カーに近いかな。ディクスン・カーが書いたら大傑作になったのでは」
「唯一完全なアリバイを持っている人間が,容疑者に変わってしまうところが面白い」
「論理が無茶苦茶」
「おもったよりも,つまらなくなかった」
「ジューナが可愛かった」
「ディバーシーさんが共犯では。そうだと可能だよね」「犯罪の動機となる人の描写が少ない。冷たい」
「なぜ,こんなことを考えたのかしら」
「やりすぎな感じが好き」
「本棚って,重くて立派なものですよね」
「登場人物紹介が意味をなしていない」
「再読で読み返すと,登場人物紹介が意味深なものとなっている。犯人のところにコーテーションマークがついている」
「クイーンにしては随分機械的なトリックを考えた」
「ツッコミどころが多いので,トリックとアリバイが結果的に印象に残る形となった」
「時代を感じる作品」
「白い僧院,オリエント急行,毒蛇が書かれた年で,後世に残る作品が多く出た年と思った」
「犯人は,わざわざ本物かどうかわからない切手を奪わずに,横領をした方が良かったのでは」
「エラリーの傲慢で尊大なところ,事件をゲームとしてしか考えていない軽薄さが,やっぱり嫌い」
「パズルだけの小説にはつきあいたくない」
「謎の魅力は評価できる」
「メインプロットは単純だが,本筋とは関係のない筋で膨らましている。三分の一ぐらいの長さにできるとすっきりしたのではないか」
「タンジェリンが中国切手のことを語っているので,タイトルは中身にリンクしていた。国名シリーズの題名の中では良いと思えた」
等々,盛りだくさんな内容が出てきました。その中でも,密室トリックはわかりにくい,という意見は,ほとんどの人が感じていたようです。そして,「そんなに,嫌いじゃない。わりと面白く読める」等々,(気を遣っていないことを信じて)面白い読書体験だった様子も窺えました。

感想発表の終わりには,お茶会の重鎮,T氏から「プロットについては無理がある。犯人に問いただしたい」とホストへと突然の依頼が入り,いきなり8分半の裁判劇が始まったのでした。ホストはアドリブで答えるはめに。その中から,終盤の名場面と思われるところを,お届けします。(内容をわかりやすくするため一部文言を変えてあります)

「犯行場所を別なところにして,例えばホテルで会うようにして,犯行に及ぶと危険は少なかったのではないですか」
「それをすると,自分がカーク氏になりすましたときに,X氏(被害者)に疑われるのではないか。それを最小限にするためには,カーク氏の事務所を利用した方が良いのではないかと考えました」
「でも,相手は初対面ですよね」
「カーク氏は社交界にも出ていたので,写真で知られているかもしれないと思い,事務所を利用することに決めました」
「ともあれ,ああいう形でX氏に会って,殺して切手を奪ったわけですよね。そのとき,はじめて,相手が神父でカラーが後ろ前なのに気付いたと。そこで,後ろ前のカラーとネクタイがないことを隠すために部屋の中のすべてのモノを逆向きにした。ふつうの人ならこういう発想は浮かばないと思うんですが,あなたは探偵小説マニアなんですか」
「はい」
「それで,密室のトリックも考えていたわけですね」
「そうです」
「ただ,服をすべて逆向きにしてもネクタイがなかったことは隠しようがないのではないですか」
「……そのとおりです」
「そうすると,カラーの後ろ前を隠すためだけに,あれだけの偽装をしたということになりますね」
「はい。本当であればネクタイを取りに行きたかったのですが,取りに行けなくて。あと,伝道師が神父とは知らなかったので,知っていたらネクタイを持ってきていたかもしれません」
「あの部屋の中のすべてを逆向きにする。しかも着衣からは,ラベルを切り取る。そういう作業をすべてするのは,なかなか大変だと思いますけども,例えば本がいっぱい詰まったままで本棚を動かせましたか」
「一度,本を出してから動かしました」
「そうすると,すべての作業をするのに,どれくらいの時間がかかったのですか」
「20分でした」
「……なるほど。よほど素早く立ち回ったわけですね。作業中,誰か来ませんでしたか」
「来ませんでした」
「もし、誰か来たらどうするつもりでしたか」
「今,でれないと答えます」
「そうではなく,ドアを開けて入ってきたらです」
「両方の扉を閂で閉めていました」
「普通の客だったら,それで済んだかもしれませんが,カーク氏が来たら,どうするつもりでしたか」
「………………………カーク氏は戻らないと思っていました」
「そういう,あやふやな推測をもとに,そんなリスクのある行動を犯すものでしょうか」
「犯さないですね」
「そもそも,後ろ前のカラーを隠すだけなら,衣類を全部脱がせて,持ち去った方が手っ取り早かったのではないですか」
「それが,したかったのですが,クイーンの別の作品でするので,できませんでした」
「わかりました。やっぱり,この犯行には無理がありますね」
(Tさんからの,突然の申し出,本当に楽しませていただきました。幸甚の至りです)

裁判劇後に,ふと「そもそも,後ろ前のカラーを隠すだけなら,衣類を全部脱がせて,持ち去った方が手っ取り早かったのではないですか」の回答が,楽屋落ちみたいなもの以外も,あったことに気付きました。それは,犯人は犯行後,密室に閉じこもるわけですから,衣類を隠す場所に悩んだのではないか。密室もしくは待合室で隠された衣類が見つかると,すぐに自分が疑われてしまうのでは,と考えた末の行動だったのかもしれません。
 
また,この裁判で,少ない脳髄を無理矢理しぼってしまい,電池切れの状態になってしまったホストは,Y氏のこの後の質問にとんちんかんな答えをしてしまったこと,その回答をするために,待たせてしまった参加者の皆さんにお詫び申し上げます。(録音を聞くと,本当に忸怩たる思いがしました。Y氏の指摘通りです)

第三幕 

(ここからは,未読でも読むことができます)

「ダネイがお気に入り作品の一つとして「チャイナ」を挙げたのはなぜだと思いますか?」という質問でお話をうかがうと,
「頑張って,チャイナと蜜柑を盛り込んだぜ。自分で話を作って,着地させたぜ」
「自分が好きな要素を盛り込んだ。読者のためというよりは,自分のための作品。縛られることなく,自由に書いた」
「自分が書きたいことを,全部書けた」
「やりたいことは,やったんだろうな」
「デビューしてから時間がたち,書けるようになって,遊び心のあふれる作品にできたからではないか」
というご意見をいただけました。自由に楽しみながら創っている様子が,読む側にも伝わったのかもしれません。

第四幕

「あなたがもっとも好きなキャラクターと場面と台詞では」,ジューナの人気が断突でした。

少数意見では,ルイーズ,オズボーン,バーンが出されました。特筆すべきなのは,エラリーが最低最悪だという意見がいくつか出てきたことでした。そして具体的な場面と台詞の回答で多かったのが,マイナスのエラリーでした。エラリーは,たしかにホストである私も,ひどいと思うところは多々あります。ですが,胸を張ってこう言いたい,何も思われないよりは嫌われる方が記憶される。私は,そういう人にあこがれると。(ただし,なりたいというわけではありません)

ルイーズは峰不二子みたいと,同性の方からの意見がありました。オズホーンは,悲哀を感じるところが印象に残ったようです。今作品はキャラクターに対して,あまり思い入れできないという意見もありました。それについては,ボーナストラックのホストのあれこれの中で触れたいと思います。興味のある方は,そちらもご覧ください。ただし,「チャイナ蜜柑の秘密」を未読の方はご遠慮ください。

最後の15分で,EQFCの飯城勇三氏のアンケートと,ホストのあれこれを話して2時間が過ぎ,読書会は終了となりました。ホストは,今回も皆さんのおかげで,濃密な夢の深淵をのぞき見たような充実した時間を過ごすことができ,幸甚であります。

参加された皆さんが,正直な意見を語ってくれたことで,この作品に感じる魅力を再確認できた思いであります。私は,今後もミステリGO! でミステリの深淵に触れて行きたいと思います。
懇親会では,美味しくビールを飲むことができました。そして、今回もミステリの話題ばかり,とにかく最高でした。

終幕

ボーナストラック

(「チャイナ蜜柑の秘密」のネタバレあり。未読の方は,絶対ここから下は読まないでください。絶対に後悔します。)

今回、読書会でアンケートにご協力していただき,結果が以下のようになりました。

せんだい探偵小説お茶会のアンケート結果

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せんだい探偵小説お茶会のアンケート結果

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エジプト十字架の秘密のお茶会でのアンケート結果

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お茶会の方が,EQFCよりも若干厳しい評価ではありました。お茶会の皆さんだったら,すぐにFCに入会できそうてすね。「エジプト」のお茶会評価は,参考で掲載しました。

飯城勇三氏のアンケート回答(Queendom89より抜粋)

01.「初読」の感想
「あべこべ」に結びつけるエラリーの推理にわくわくした。(略)

02「再読」の感想
再読するたびに評価は低くなる。(略)しかし,何度再読しても,相変わらず,「妙に面白い」。なぜだろう。(略)

03.「チャイナ蜜柑の秘密」を以下の点から評価してください。(各項目10点満点。10点の基準はこれまで読んで来たミステリ作品で,10点と思えるものと比較して点数をつけてください。)
プロット=(6),サスペンス=(5),解決=(7),文章=(7),パズル性(論理性)=(8),感動・余韻=(5)

04.あなたがもっとも好きな(印象深い)キャラクターと場面と台詞
キャラ:ジェームズ・オズボーン
アイドルが自分を見て微笑んだだけで「彼女は俺に惚れているんだ」と勘違いしてストーカーをするオタク的な人物に思えた。
場面=(エラリーとアイリン・リューズの対決シーン)
「青年探偵と美貌の女犯罪者の対決」というのは,実にわくわくする。
台詞=(ラストのテンプル嬢のセリフ)
我々読者は,以前の作品で「意味がなさそうなものに意味を見いだす」エラリーの姿を何度も見ているのだから,「なにもありません。あの男はおなかがすいていたのだという以外」は,ないですよね。ひよっとして,これもまた,「あべこべ」なのだろうか。「あべこべの密室」,「あべこべの手掛かり」,そして「(いつもと違う)あべこべの推理」。作中人物にこんなツッコミをさせるということは,クイーンは確信犯だったに違いない。

05.ダネイがお気に入り作品の一つとして「チャイナ」を挙げたのはなぜだと思いますか?
「チャイナ」に見られる変なところは,間違いなくダネイの発想だろう。しかしリーはこういう発想はあまり好んでいなかったらしい。つまり,ダネイが本作品を気に入っているのはリーの抵抗に打ち勝って自分の好みを前面的に押し出せたから。では,なぜリーが一歩引いたかというと,「シャム」での「山火事が迫る中での殺人」というアイデアと全編に漂う緊張感,双子の少年の魅力的な描写から,ダイイングメッセージのアイデア以外をリーが主導権を握って書き進めたからと思える。マンネリ打破のため二人がそれぞれ自分の好みを全面的に押し出した作品が「シャム」と「チャイナ」だったのかもしれない。(「災厄の町」と「靴に棲む老婆」もそうかもしれない。)

ホストのあれこれ

01.「チャイナ蜜柑の秘密」を読んだ感想

○今回の読書会に向けて3回読了。計5回目読了。これまでのエラリーの活躍はヒーロー的に思えていましたが,本作品では道化師のようなイメージに。小栗虫太郎の法水麟太郎ものや,アントニー・バークリーのシェリンガムものを思い出しました。個人的には暴走する推理が好きなので,本作品のエラリーの暴走ぶりに興奮しました(符号に対する執着と推理。そして窃盗と不法侵入)。初読時は密室の意味や推理に感心して面白く読んだ記憶があります。ただ,再読してみるとおかしなところが多々見られるようになりました。しかし,Queendom「チャイナ」特集と法月綸太郎氏の「笠井潔論(大量死と密室)」を繙くと,本作品の違った魅力がいくつも見えてきました。
飯城さんの「妙に面白い」という感想には,同感であります。

○違った魅力とは何なのか? 本格ミステリとしての瑕疵は置いといて,作家としてのクイーンの変遷をたどる上で本作品は,ターニングポイントになっていることがQueendom「チャイナ」特集から読み取ることができました。クイーンはルイス・キャロルが好きで,その嚆矢となったのが本作品で有り,「アリス」三部作,「チャイナ」「キ印ぞろいのお茶会」「神の灯」が作られたと考えられています。「チャイナ」に瑕疵があった分,「キ印」「神」と改善されていく様子もわかります。「チャイナ」は長編向きではなかっただろうという意見もあり,クイーン自身それを感じて,アリス三部作の後ろの2作を短,中編としたのかもしれません。その三部作を順に追って読むと,かなり面白いです。是非!(※1参照)
また,ライツヴィル作品以後の作品で見られるエラリーの暴走推理(奇妙な論理)の片鱗がここから始まったとも思われます。

○違った魅力その2。笠井潔はミステリが生まれた理由として,「人類が初めて体験した大量殺戮戦争である第一次大戦と,その結果として生じた膨大な屍体の山が,ポーによるミステリー詩学による極端化をもたらしたのである。戦場の現代的な大量死の体験は,もはや過去のものかもしれない尊厳ある,固有の人間の死を,フィクションとして復権させるように強いた。
機関銃や毒ガスで大量殺戮され,血みどろの肉屑と化した塹壕の死者に比較して,本格ミステリーの死者は,二重の光輪に飾られた選ばれた死者である。犯人による,巧緻をきわめた犯行計画という第一の光輪,それを解明する探偵の,精緻きわまりない推理という第二の光輪。第一次大戦後の読者が本格ミステリーを熱狂的に歓迎したのは,現代的な匿名な死の必然性に,それが虚構的にせよ渾身の力で抵抗していたからではないか。」(「新本格」派に若者の支持/朝日新聞92年9月1日付夕刊)と語り,この時代に生まれたミステリを「大戦間探偵小説」と論じています。この「大戦間探偵小説」とは「長編本格推理の黄金時代」(※2参照 ヴァン・ダイン「探偵小説ゲーム論」や「フェアプレイの原則」で象徴した「謎-論理的解明」を基本構造とする形式主義的な探偵小説)のことと考えると法月綸太郎は補足しています。そして,法月は自身の評論「大量死と密室」の中で,「チャイナ」が「大戦間探偵小説」の時代に有りながらも,「大戦間探偵小説」に疑問を感じて「無名の被害者」と「トリック成立のために死体をモノ化してあつかう」ことを行い,「大戦間探偵小説」を超えた荒涼とした光景を見せ,ミステリを新たな地点へと向かわせたのではないかと語っています。クイーンファンとして鼻息荒く首肯してしまいます。また,他の登場人物の記号化も他作品を凌駕しているとも思われました。

○初読が創元推理文庫版で,その見開き紹介文も,とても魅力的だったことを覚えています。ですが,これは密室大集合のアンケート結果とともに「むっ」とうなってしまうところがありました。以下紹介文。
「宝石と切手収集家として著名な出版業者の待合室で,身元不明の男が殺されていた。しかも驚くべきことには,被害者の着衣をはじめ,その部屋の家具も何もかも,動かせるものすべて”さかさま”にひっくり返してあった。この”あべこべ”殺人の意味は何を意味するのか? 犯人はなんの必要があって,すべてのものをあべこべにしたのだろう? ニューヨーク・タイムズはクイーン最大の傑作と激賞したが,事実,国名シリーズの中でも卓抜した密室殺人事件として,特異の地位を占める名作である。」
事務室,待合室が死体によって「密室」を作られたことがわかると犯人がわかる仕組みになっているので,この紹介文とアンケートはいかがなものかと思っていました。ですがQueendomと法月の評論から,「チャイナ」の密室は,これまでの密室を扱った作品とは違って,犯人を閉じ込めるもので,作品とリンクした「あべこべの密室」と思えるようになりました。「チャイナ」そのものが,ミステリに対して”あべこべ”を提示し,ミステリを次の段階,より深淵へと導くマイルストーンの一つだったのかもしれません。

02.「チャイナ蜜柑の秘密」の点数。

プロット=(8)「魅力的な謎の提示を評価してです」,サスペンス=(5)「ちょっとつかみどころのないユーモアの方が横溢していたので。ルイス・キャロルの「アリス」シリーズを意識指定のでしょうかね。」,解決=(8),文章=(8),パズル性(論理性)=(8),感動・余韻=(9)「作品だけではなく,Queendom「チャイナ」特集と法月綸太郎「大量死と密室」も繙いた感銘から。」

03.あなたがもっとも好きなキャラクターと場面と台詞

キャラ:フェリックス・バーン「最近,嫌われる人物の行動について興味があり,つい魅力を感じてしまいます。でも,対した役どころではなかったですね。やっぱり暴走推理するエラリーですかね。」
場面=P324~P330。「読者への挑戦まえはワクワクしてしまいます。そしてロバート・ブラウニングの詩が入ってきたことにも。」
台詞=「あの蜜柑色の切手のことですよ。実のところ,あまりに魅力あふれる偶然の一致なので,いつかぼくが哀れなオズボーンと優しい顔の中国の伝道師の事件を小説化することになったら,”チャイナ蜜柑の秘密”という題名をつける誘惑に勝てそうもありません!」(これまで,題名に冠された手掛かりには,必ず意味を持たせてきたクイーンが,(本の主題,あべこべを意識して? )意味を持たせず,ただ題名につなげるエピソードにしたので,この台詞を選びました。)

04.ダネイがお気に入り作品の一つとして「チャイナ」を挙げたのはなぜだと思いますか?

○「なんて,ぼくは,すごい謎と解決を思いついたんだろう。そして,あべこべで全てやり遂げれば,これまでの形式化されたミステリを変え,新しいミステリを作れるかもしれないぞ」と思い、実際そうできたからではないでしょうか。ちなみにダネイの自選ベストは「チャイナ蜜柑の秘密」「中途の家」「災厄の町」「九尾の猫」「キ印ぞろいのお茶会」「エイブラハム・リンカンの鍵」です。(法月綸太郎の「大量死と密室」の中では「九尾の猫」についても触れられています。この作品とのつながりの評論も面白い! 読みたい方は,本書とエラリー・クイーン「九尾の猫」,笠井潔「矢吹駆シリーズ」,G・K・チェスタトン「折れた剣」,アガサ・クリスティー「ABC殺人事件」,S・S・ヴァン・ダイン「僧正殺人事件」を読んでからじゃないと後悔します。)

○ちなみにEQFCでのアンケートの平均点は,(2010/2~6)以下のようでありました。

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(※1参照)
「キ印ぞろいのお茶会」『江戸川乱歩編世界短編傑作集4』創元推理文庫に収録。
「いかれ帽子屋のお茶会」『世界の名探偵コレクション』集英社文庫に収録。
「マッド・ティー・パーティー」『神の灯』嶋中文庫に収録。
「神の灯」『エラリー・クイーンの新冒険』創元推理文庫に収録。
「神の灯」『神の灯』嶋中文庫に収録。

(※2参照)
小説世界から社会的主題や人間の内面的な位相を消去することで、フェアで知的な論理ゲーム空間を構築することにあった。「項」と「項」を論理的に組み合わせて作る論理式のような作品こそが目指すべき理想像と考えられていました。

余談

○クイーンはルイス・キャロルだけではなく,ルーシー・モード・モンゴメリも読んでいてプラウニングの詩を引用したのではないかと思われます。なぜなら,エラリーのヒロインとして登場する女性は,赤毛である場合が多く見られるからです。(ニッキー・ポーターは作品によって髪の色が赤毛であったり、とび色であったり、ブロンドになったりしています。長編では赤なのでモンゴメリ作品の主人公のイメージがあって,それが投影された可能性が,あるのではないでしょうか。)

○前回の読書会でも触れていますが,今回もあえて触れさせていただきます。映画監督のデヴィット・リンチがクイーン作品の影響を受けていると妄想しています。今回の「チャイナ」は,リンチ作品の「ツイン・ピークス」とリンクする部分が多くあるように思いました。それは,「暴走推理の探偵」「あべこべの部屋(ブラック・ロッジとホワイト・ロッジ)」「奇妙な人々の事件と,関係ありそうでなさそうなエピソード」等です。物語の根幹をなす部分なのですから,たった3つじゃないかとは,言わないでくださいね。2017には,「ツイン・ピークス」の新シリーズが始まります。興味のある方は是非ご覧いただければと思います。(本当に毎回,デヴィット・リンチについて,しつこくてすみません。)


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