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明るい気分になれるおすすめミステリ by 黒井すずめ

 最近読んでとても愉快だった一冊が、カミ『機械探偵クリク・ロボット』(ハヤカワ・ミステリ文庫)です。 

 カミ――ピエール・ルイ・アドリアン・シャルル・アンリ・カミは、あのチャップリンをして、「世界でいちばん偉大なユーモア作家だ」と言わしめたフランスの作家です。その作風を、「悲壮かと思うと滑稽で、高尚かと思うと珍妙で、そのふたつの相反するものが作家の卓越した腕前で交互に配される」とも評しています。 

 飄々とすっとぼけたことを書くことで醸し出される、名状しがたいおかしみ。カミの文章は、(本書を読んだ限りにおいて、ですが)そこが魅力であると思います。 

 本書に収められた二中編のうちの一つ、「五つの館の謎」を例に書いてみましょう。物語の(ほぼ)冒頭、ある庭園内で銃声が響いたのにもかかわらず、そこには頭にナイフが刺さった男が倒れていたという、ぎょっとするようなシチュエーションのシーンです。しかし、登場人物が現れるやいなや――

・駆けつけた検視医、「おお、まだ心臓が動いとるぞ!」と言いながら、被害者の頭からナイフを抜く。
(↑とどめを刺そうとしないでください) 

・被害者、頭に致命傷を負いながら、「私は死んでいるんだ」と言い、(犯人の手がかりに繋がるから)「わたしを解剖してくれ」と何度も周りに懇願する。
(↑あなた元気そうだけど、ほんとに死んでる/死にそうなの?) 

・被害者から解剖してくれと頼まれた刑事、「物事には順序ってものがあるんだ」と被害者に淡々と返す。
(↑順序を言うなら、形だけでもまず被害者を助けようとしてくれ)。 

 ……この堂々としたおとぼけぶり、とてもじゃないがツッコミをしていたらキリがありません。誰が見ても/読んでも物騒かつクレイジーな状況ですが、なぜなのでしょうか、不思議とカミが書くとファニーになってします。くすくす。

 探偵役がロボットというのもまた、とぼけぶりが揮っています。 

 クリク・ロボット氏、メタリックで角ばっているという風貌の、クラシカルなロボットのイメージに加えて、チロリアンハットを頭をのせ、チェック柄の上着と裾広パンツを着こなすというキュートないでたち。 

 “彼”の肝心の探偵能力はいかに……ですが、これがまた多機能を搭載したすぐれもの。推理や探偵行為中の所作がまた、いちいちとぼけていてかわいい(カミ自身の手によるキュートなイラストもまた、本書の楽しみの一つです)。詳述は避けますが、クリク・ロボットの推理(?)シーン、特にかわいい。

 本書の一つ残念な点を挙げるとすれば、シリーズがこの二編しかない、ということです。もっともっと読んでみたいと思わせる魅力にあふれたこのシリーズ、おすすめです。 

 おもしろいですよ。 



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