「にこごり」
ああら、ゴリさんやないの、お久しぶりどすなあ。
今日はご出張どすか? はあ野暮用で、朝一の新幹線で。そりゃたいへんどすな。
は? あたしの京ことばが聞きたくなった? まあ、お上手どすなあ。なにも出ませんえ。
お酒は出しますけどな。
え、『東京ばな奈』どすか、えらい気をつこうて頂いて。
カウンターでよろしいか? といってもほとんどカウンターどすけど。
ほんまにお久しゅう、五年ぶりですかいな。はいおしぼり。
お仕事京都の頃はごひいきにしていただいて……
そうどすか、2年前に奥様亡くされて。
それまではずっと介護されて、へえへえ。
たいへんどしたなあ。
それでは、お家でひとりどすか?
はあ、お孫さんが時々。それはよろしおすなァ。
え、じいじひとりじゃあ扱いに困る? それは贅沢ってものどすえ。
あと、そうそう。うさちゃんがいらっしゃいましたなァ
なんでしたっけ、お名前。え? ゆきちゃん?
いやだ、うち雪枝ゆきえどすけど。
まさか、違いますわなあ。
じゃあ、折角なんで、『にこごり』でもお出ししましょ。
出来合いで申し訳ないんどすけどなあ。京都柳小路の喜久屋。
桜エビと細切りの錦糸卵をふんだんにつかってますえ。
え、そうどすか、うさちゃんも亡くなりはったん。
はあ、一泊の旅行で家を空けて戻ったら、どすか。
まあ動物は、亡くなるところを飼い主に見られたくない、いいますからなア
ここにいたオス猫も、年取ってどっかに出て行ってしまったんどすえ。
はあ、ペットの焼き場でわざわざ焼いてもらったんどすか
それはうさちゃんも成仏されたんじゃ、ないですか。
そうどすか、骨格が丈夫で、大事に飼われてたって、言ってくれたんですか。
律儀なゴリさんらしい飼い方をされてたんじゃないどすか。
あ、お外そと見なはれな。初雪どすえ。
きっと、ゆきちゃんも、よろこんではるんですよ。
じゃ、にこごり切りますねえ。
桜エビと錦糸卵の色合いがよろしおすえ。
なんだか、人の思い出って、きれいなとこだけこんな風にかためられた
この、にこごりみたいだと、思いまへんか?
では、どーぞ。
どないだすか?
ああ、よかった。ゴリさんがにこっとしはったわ。
〈了〉