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アンドロイド転生972

(回想 2118年6月1日)
富士山7合目 ロッジ
標高2970m 気温8℃。

タケルは休憩していた。純水をゆっくり飲む。肌の保湿の為に必要な水分なのだ。室内は充分に暖かいがそれでも登山客は温かいものを飲んでいた。身体を冷やしてはいけないのだ。

タケルが選んだ御殿場ルートは厳しい道程だった。初心者などおらず全てが慣れた者ばかり。年嵩の登山者も多かった。若い頃から鍛錬しているのだ。昔も今も登山は人気のスポーツだ。

タケルの心は晴々としていた。東京でホームレスをして2ヶ月。何の楽しみもなく生きていたのだ。イヴの提案で旅人になろうと決めた。富士山の次はどこに行こうか。名古屋にするか。

所有者のいない自分は国外から出られないけれど日本は広い。未知のことが沢山ある筈だ。きっと何か新しい風が吹くだろう。彼はそう信じていたし、やる気に溢れていた。

タケルは知る由もないがホームではリョウがイギリスにいるエマにコンタクトを取り渡英すると約束していた。エマに詫びる為である。全てを知るイヴだがあえて黙していた。

30分後。タケルは立ち上がった。よし。行くぞ。ロッジを出ると尾根を見つめた。その目の先には希望がある。そうなのだ。たとえ困難があろうとも誰もが前を見て歩くのだ。

1時間後。8合目のロッジまでやって来た。登山客も少なくなって来た。標高3100m。残りは約700m。平地ならば、なんて事のない距離だが山道は厳しい。気温は4℃だ。

だがタケルにとっては何の苦もない。もし人間だったらどうなのかと思う。若ければ平気なのか。それともリタイアするのか。周りを見ると、どの登山客もプロのような顔つきだった。

ロッジでひと休みをして表に出ると雪が降って来た。平地は初夏でもここは違うのだ。別世界なのだ。それを制覇しようとする人間の強さにタケルは感心していた。よし。行くぞ。


標高3500m 気温−5℃

グレーの雲が空を覆い尽くしていた。雪が本降りになってきた。登山客が諦めようか登ろうかとアンドロイドと相談しているのを横目にタケルは追い越した。結局彼らは降っていった。

頂上まであと276m。たったそれだけだ。諦めるものか。タケルは進む。登山客は誰もいなくなった。ふと何かの音を耳にした。タケルは顔を上げて辺りを見回した。何だ?何の音だ?

聴覚を上げた。“た、す、け、て、く、れ…“タケルの脳裏にその言葉が染み渡った。うん?…たすけてくれ?…助けてくれだと⁈タケルは目を剥いてキョロキョロと周囲を見渡した。

探し回って5分が経った。たった5分の間に雪の降りが激しくなって来た。横殴りだ。風がびゅうびゅうと鳴り、助けを求める声が届かなくなる時があった。タケルは声を張り上げた。

「おーい!どこだ!叫んでくれ!」
「…た、す、け、て」
か細い声が聞こえる。相手が小声なわけではない。発信源が遠いのだ。どこだ?どこだ?

遭難したのはきっと人間だ。この中に居続けるのは非常に危険である。早く、早く見つけなれば。気持ちが焦って来た。聴覚を最大限に上げて僅かな物音も捉えようとする。

タケルはさっきから視覚を切り替えて熱源をサーチしているがやはり発見出来なかった。
「おーい!どこだー!叫べ!」
「た…す…け…て…」


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