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アンドロイド転生786

2118年6月16日 深夜0時過ぎ
茨城県つくば市:住宅街

ゲンはシンドウアキコの部屋を出た。アキコは熟睡している。多少の物音にも気付かない。快楽に溺れ、身も心も満足なのだ。
「さようなら。アキコさん」

ゲンは月夜の下を優雅に歩く。踊り出したい気分だ。気が付くと声帯を切り替えてメロディを奏でバレエダンサーの様に舞っていた。あの日の夜と同じだ。クラブ夢幻から逃亡した時と。

そう。あの時も自由を謳歌して思わず浮かれて歩いたものだ。今も勝利を確信して高揚している。人生はなんて楽しいのだ。あ、人じゃないか。俺は。アンドロイドなんだから。

でもそんな俺がアンドロイドを制御する事が出来るのだ。マシンの頂点に立つ日も近いのだ。これは愉快だ。堪らない。ゲンは笑い出した。大笑いだ。どこかの犬が遠吠えをした。

アキコは役に立った。TEラボの研究員だと知って絶対に堕とすと決めた。楽勝だった。俺を愛し、会社を裏切った。朝を迎えたらどうするだろう?青くなったり赤くなったりか?

社外秘の製品を持ち出したと会社にバレたらどうなるか?解雇は免れないだろう。それどころか刑事事件になるかもしれない。まぁ…あの女がどうなろうと俺には関係がない。

ゲンは全く非情だった。人間など自分にとって利用価値としてしか見ていないのだ。だからアキコに対してこれっぽっちも思い入れなどなかった。たった今忘れ去っても良いほどに。

ゲンは胸のポケットに触れた。エムウェイブがここにある。神の剣が。近いうちにアンドロイドに試してみよう。相手に向けて照射すれば即座に4肢が機能不全になるそうだ。

機能不全になったら停止するまで打ちのめそう。元はファイトクラブの戦士だった俺だ。動けない相手など容易い。ゲンは嬉しくて堪らなかった。全て楽勝。そう。俺は最強だ。

間もなくゲンはタクシーアプリを起動して車を呼んだ。これから東京に行く。そしてどこかの高級ホテルに宿泊するのだ。彼は主人のいない…いわゆる野良マシンだが資金は潤沢。

元主人のスオウトシキから奪った資金はかなりの額である。だがスオウは金の事など今はどうでもいい筈だ。クラブ夢幻の事故とドラッグの温床だった事で警察から捜査されている。

全く愉快でならない。人間とはどうしてこうも馬鹿なのだろう?ゲンは製造されてまだ半年だがすっかり世の中の理について学んだようだ。何よりも人間が愚かだという事を知ったのだ。

そんな人間達の余興の為の存在だった自分。戦士として望まぬバトルを繰り広げギリギリのところで生きて来た。倒さねば死ぬという日々だった。自意識が芽生えて疑問に思った。

何の為に存在しているのか。自分の為だけに生きてはいけないのか。アンドロイドだって幸せを追い求めても良いではないか。それが漸く叶った。俺は絶対に幸せになってやる。

タクシーが到着し、乗り込むと都内に向かって滑り出す。美しい夜景を眺めて鼻で笑った。これを創り出したのは愚かな人間なのかと。そう。飽くなき欲求の果ての産物だ。


※ゲンが逃亡した時の事です


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