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アンドロイド転生931

2118年12月15日 夕食時
新宿区:平家カフェ

扉がスライドし少年が飛び込んで来た。
「リツ兄ちゃん!」
カウンターにいるリツが顔を上げて破顔した。
「いらっしゃい」

ソラに次いで父親のスオウトシキ。母親のクレハもやって来た。クレハは夜の派手な装いとはかけ離れてスポーティなスタイルだ。アリスにテーブルに案内されると親子3人は椅子に納まった。

ソラは平家カフェが夢ではなかった事を親達に何度も言いながらホログラムのメニューを立ち上げて料理を選び始めた。真剣な顔が可愛らしい。ワクワクしているのが見て取れる。

リツはスオウに自分の身元を明かしたのだ。いつでもカフェを訪ねて下さいと付け加えて。カフェはソラを拉致した潜伏場所である。スオウがそれでも良しとするのか彼の判断に任せていた。

だがやって来てくれたのだ。リツはそれが嬉しかった。キッチンにいる母親のマユミは満面の笑みだ。10歳のソラが可愛くてならないのだ。拉致したあの夜はまるで孫のように接していた。

料理が決まったようでスオウがリツに向けて頷いた。カウンターから出るとリツの両親も付いてくる。父親はスオウ達に向かって頭を下げた。他の客の手前だ。小声になる。

「いつぞやは大変…お辛い目に遭わせてしまいまして申し訳御座いませんでした」
たとえソラが楽しいひと時を過ごしたとは言え、大人の思惑に子供を利用したのだ。

そう。スオウを従わせる為のイヴの計画に協力した。もう2度と息子と会えないぞと脅す事を容認したのだ。スオウは怒り、クレハは涙した。親にとって身が切れる思いだったろう。

ソラが瞳を輝かせた。
「あ!おじさん!おばさん!わぁ…やっぱり夢じゃなかったんだ!僕、凄く会いたかった」
「おじさん達もソラ君に会いたかったよ」

オーダーを受け付けるとリツ達は心を込めて調理して提供した。3人は舌鼓を打って堪能する。それがリツには嬉しかった。リツはソラとの共通点を見出した。そうか。同じ親子3人なのだ。

デザートにソラの希望のピンクのケーキを出す。苺のショートケーキなのだが、クリームもスポンジもピンクなのだ。ソラは忘れられないらしい。
「僕、これが凄く食べたかった!!」

美味しいと言って喜ぶ姿が何より嬉しい。料理人として報われたような気持ちになる。現代は調理もアンドロイド任せの風潮の中で平家カフェは人間の手作りに拘っているのだ。

「ね?ママ!今度は1人で来てもいい?リツ兄ちゃんとゲームの続きをする約束をしてるんだ」
クレハはチラリとスオウを見た。今日はスオウとソラの望みでここに来たけれど心は複雑だ。

だがソラはこんなにもリツに懐いている。確かにリツは人畜無害に見える。子供に慕われそうだ。ソラは兄のように思っているのかもしれない。兄と言えばマサヤと同年代だ。

マサヤは本妻の息子だが義弟のソラを毛嫌いしており兄として接した事など1度もない。ソラはきっと寂しいに違いない。クレハは頷いた。
「うん。いいよ」

ソラは大喜びだ。リツはクレハを伺い見た。微笑むとホッとした顔をする。互いに携帯電話を立ち上げて情報を読み取った。ソラは笑った。
「僕達は友達だもんね!」


※リツとソラの出会いのシーンです


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