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アンドロイド転生1

2022年3月 午後2時
東京都港区:白金

青信号の横断歩道を歩いていたニカイドウアオイを暴走車が跳ね飛ばした。彼女の細い身体は宙を舞って道路に激しく叩きつけられた。その衝撃は凄まじく、多数の肋骨が折れ内臓が破裂した。

電信柱に激突し停車した運転席から男がヨロヨロと降りてきた。アルコール塗れの運転手はエアバックに守られ無傷だった。自分が起こした事態の大きさに無頓着で薄ら笑っていた。

救急搬送された病院では大勢の医療関係者がアオイの周りに集まった。彼女の服と下着、ブラジャーをハサミで切って胸に心電図を貼り付け、点滴の針を刺し、腕に血圧計を巻いた。

「血圧60!下測れません!サチレーション80です!…心肺停止!」
医師がアオイの腹を跨いで乗った。両手で胸の中央をリズミカルに押す。

「気道確保!」
「1、2、3、4、5、6」
「VF?VT?」
「VFです!」
「DCセット!150で!」
「はい!」

医師が自動心肺蘇生機を両手に持ってアオイの胸に当てた。音が鳴り響きガクンと身体が揺らぐ。
「アドレナリン静注!」
看護師が注射する。

「心肺戻りません!」
再度電気ショック。
「アミオダロン静注!」
再度注射する。

それから20分。アオイを蘇生させるために彼らはあらゆる努力をしたが、彼女は息を吹き返すことはなかった。やるせない空気の中、医師は死亡時刻を宣言した。午後3:42分だった。

これら一連の行動をアオイはすぐ傍で見ていた。誰も彼女の存在を気に留めなかった。医師や看護師の間で半透明のアオイは呆然と死んだ自分を見つめていた。あまりの事で涙も出なかった。

霊安室に運ばれて間もなく両親と弟と祖父母がやってきた。皆真っ青な顔をしていた。母親は唇がワナワナと震えていた。やはり誰もが傍に立っているアオイには目もくれなかった。

顔を覆っていた白い布が外されると母親はアオイの名を呟いて絶句し彼女の頬を両手で包んだ。ブルブルと肩を震わせた後、咆哮をあげて泣き出した。女性があんな野太い声を出すものなのか。

アオイは不安と恐怖と疑問と悔しさでいっぱいだった。すぐ傍にいるのに誰も私に気が付かない。両親を何度も呼んだ。こちらを見ようともしない。弟の正面に回った。やはり気付かない。

肩に手を掛けると自分の身体を通り抜けた。アオイは理解した。ああ、これが死ぬっていう事なのね。でも人は死んで終わりじゃないんだ。意識だか…魂だかがあって最期を見送るんだ…。

死んだ自分の顔は穏やかだった。私が私を見るなんて…。このパターンで行くと、そのうち天から光が射して私の身体は宙に浮かぶのでは…と思ったけれどいつまで経っても来なかった。

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