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アンドロイド転生573

東京都目黒区:エマの住居

寝室の隣の化粧室でタケルはエマの髪をセットしてメイクを施した。顔立ちが優れているエマは輝くばかりの美しさだ。ピンクのドレスもスタイルにも恵まれている彼女によく映えた。

今宵、彼女は勤め先のバーに行く。エマはピアニストだ。アンドロイドが全てを担う社会で人間が奏でるのは珍しい。大変高級な店なのだ。そこに相応しい装いが完成した。

エマは立ち上がり、鏡を繁々と見つめた。
「タケルさん…凄い…イイ感じ。ね?私、素敵でしょ?綺麗でしょ?」
タケルはニッコリと微笑んで頷いた。

自分の出来る限りの事をした。元々容姿に恵まれているエマの長所が全て活かされていた。髪を品良く纏め上げ、目元のシャドウがキラキラと輝く。まさに生きた宝石だった。 

エマは憂いを帯びた微笑みを浮かべている。タケルは見つめた。なんて美しい女だろう。
「エマさんは…本当に綺麗になりましたね」
「あら?前はイマイチだった?」

タケルは慌てた。
「ち、違いますよ。以前もとても綺麗でした。でも大人になって輝きが増しました」
16歳で知り合ったエマは今や29歳だ。

エマはタケルを見上げた。接近してくる。タケルは逃げなかった。美しさに魅入っていた。エマは微笑んでタケルの首に腕を回す。
「コイズミ。灯りを落として。音楽もお願い」

灯りが落ちて室内は琥珀色に包まれた。重厚なサウンドが流れた。ゆったりとした調べ。伸びやかな歌声。心安らぐ旋律。
「タケルさん。踊ろう」

タケルの腕はゆっくりと持ち上がった。抗おうとしても無理だった。雰囲気に酔い始めた。そっとエマの腰と背中に手が触れた。自然に2人の身体が重なった。ゆっくりとリズムに乗る。

タケルはこんな状況は生まれて初めてだった。前世の時に公園で恋人とキスをした。淡い初恋だった。その時も喜びと感動で一杯になった。だが今のこの時間は全く違う。大人だ…。

17歳で命を終えて、タケルは女性を知らなかった。そして輪廻転生してから18年間。アンドロイドになってからは性的欲望も異性に興味も覚えなかった。それで良いと思っていた。

だが…今…女性と踊っている。緊張しているものの嬉しかった。ときめいていた。エマの体温を感じて、誰かと触れ合う事に喜びを覚えた。そうか。俺は…ずっと寂しかったんだな…。

エマの吐息を首筋に感じた。
「タケルさん…好き。ホントよ。好き」
タケルはエマを優しく抱き締めた。胸が高鳴った。この気持ちは何だろう。誰か教えてくれ。


※前世のタケルと恋人との別れのシーンです


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