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アンドロイド転生755

2118年5月21日
白水村集落:里の出入り口

「バイクに乗って行っていいから」
キリはチアキに向かって優しく微笑んだ。村に2台あるバイクのうち1台はアオイが使用した。東京にいるモネの元へ行く為に。

「でも…そしたらホームになくなってしまう」
キリは苦笑する。
「もう乗る人は誰もいないよ」
「そう…だけど…」

村人達はバイクを使わない。山から出る事がないからだ。チアキは感謝の言葉を述べた。彼女はこれから新宿に向かう。16年を過ごした村を出てアリスのいるカフェで暮らすのだ。

想い出深い村に留まるのが辛いのだ。親友で妹のようだったミオを失くして胸にぽっかりと穴が空いたようだった。それに多くの仲間を失った。村にいる意味が見出せなかった。

チアキは尾根を眺めた。
「ルークはゲンを見つけられるかな…」
昨日、ミオとの別れを済ませた彼は復讐に燃えて村を出て行った。死ぬ覚悟だと言っていた。 

「見つけられるといいね…」
イヴに頼めば即座にゲンの居場所など判明するが彼はイヴを頼らなかった。ルークは自身の力でゲンを探し出しミオの仇を討つと決めたのだ。

元ファイトクラブの戦士同士の戦いはどんな事態を引き起こすのか。また人間達が犠牲になるとも限らない。きっとイヴはそれを望まない。だからこそルークは彼女に手助けを求めなかった。

チアキの目前に仲の良いルークとミオの幻影が浮かんだ。最初は30歳と14歳のカップルだった。人間に憧れていたミオは見た目が不釣り合いだと不満を漏らしていた。

その後、25歳に生まれ直した。ミオは大喜びだった。本当に素敵なカップルだったと思う。元はファイトクラブ出身で辛辣を舐めた2人には幸せになって欲しかった。

そしてタケルとエリカも。出来ればエリカの一途な愛にタケルが応えて欲しかったと思う。チアキからすれば2人はお似合いだったのだ。幼稚なエリカを兄のように支えていた。

チアキはぐるりと山々を見渡した。慣れ親しんだ風景。初めてここに来た時はマシンはイヴだけだった。それから仲間が増えていった。キリ達が家族だと言ってくれるのが嬉しかった。

村では自分は唯一無二の存在。誰かの代わりではなかった。チアキの存在意義。元主人の亡き妻をモデルとして誕生した。主人は優しかった。誠心誠意尽くした。

しかし主人の嘆きは深く1年後に妻の後を追った。救いになれなかった事を悔やんだ。自分のいる意味を失ったかのようだった。何の為に製造されたのか分からなくなった。

だが村で暮らし、家族が出来た。本当に嬉しかった。私は私でいても良いと思えたのだ。けれどその安住の地を離れて私はまたタウンに戻る。どんな未来が待ち受けているのか。

「じゃあ。行くね。キリ。有難う」
「いつでも戻って来て。いつでも待ってる」
チアキは感激した。何度も頷き、何度も手を振り、何度も振り返って歩き出した。


8部 完

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