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アンドロイド転生2

2022年3月
東京都某所:葬儀場

朝から静かな春の雨。時折風が吹くと開花したばかりの桜の花弁がヒラヒラと舞った。間もなく年度替わり。誰もが始まりに胸を膨らませる季節。だがこの場は重い空気が立ち込めていた。

ニカイドウアオイの通夜は悲しみに包まれ、告別式は多くの参列者が訪れて心から涙した。マスコミもやってきた。24歳の結婚を間近に控えた悲劇の令嬢は格好のニュースになった。

婚約者のカノミドウシュウの昏い双眸は何も映してはいなかった。顔は青褪め、終始俯き参列者が声を掛ける度に頷いていたがその言葉は耳に届いていなかった。立っているのがやっとだった。

カノミドウ(鹿野御堂)家は世界で5人しかいない。両親と祖父母。由緒あるカノミドウを継ぐのは彼1人。アオイも3ヶ月後にその一員になる筈だった。誰もが心から祝福していた。

アオイとシュウの2人の夢。沢山の子宝に恵まれること。愛情一杯に育てること。アオイは若く健康だった。きっと夢は叶う。そんな自信があった。希望に満ち溢れていた。

シュウとは子供の頃から共に過ごし空気の様な存在だった。彼の事は幼い時から好きだった。それがいつしか愛に変わった。彼も同じ気持ちだと知ってアオイは心の底から嬉しかった。

2年の交際を経て昨年のクリスマスにプロポーズされた。喜んで指輪を受け取った。お互いの両親は旧知の仲で、何の弊害もなかった。滞りなく結納が済み結婚式に向けての準備も着々と進んだ。

シュウを見つめる度にアオイは幸せに酔った。彼の切長の目、整った鼻梁。薄い唇。声を荒げたり、ぞんざいな言葉も発したこともない。優しくて思慮深かった。そんなところを愛した。

アオイにとって人生とは挫折を知らない緩やかな道程で全てが順風満帆だった。裕福な家で生まれ、両親の愛情をたっぷり受けて育った。健康にも容姿にも頭脳にも恵まれた。

性格も穏やかで敵を作ることもなかった。どの時代を切り取っても笑顔でいたし、人々に囲まれていた。まさに勝者と言えよう。それなのに運命とは分からないものである。

アオイは自分の葬儀を眺めていた。寂しくて不安で堪らなかった。そして疑問だった。私が何をしたの?死ぬなんて…殺されるなんて…。幸せだったのに。この先も幸せになる筈だったのに。

だからバチが当たったの?突然命を奪われるなんてそんな事を考えもしなかった。どうして私なの?世の中には悪いことをしている人はいっぱいいるのに!酷い。酷過ぎる…!

半透明で参列者の間を漂うアオイの心は虚しさと憎しみで一杯だった。もう2度と戻れない世界への想い。自分を跳ね飛ばした加害者への怨み。青信号を渡っていた私は何の落ち度もなかったのに。

誰も気付いてくれないのが淋しかった。理不尽な人生の嘆きを聞いてくれる者がいないのが辛かった。人は死んで終わりじゃない。私は今ここにいる。誰が助けて。私を救って。

アオイの頬を涙が伝った。死んで初めてのことだった。ずっと呆然としていて泣くにも泣けなかったのだ。今漸く悲しみが襲って来た。人生が終わったことを理解した。

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