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アンドロイド転生807

2118年7月1日 午前10時
成田国際空港:展望デッキ

旅客機がヒースロー空港に向けて飛び立って行った。青空を見上げてキリが溜息をついた。
「行っちゃったねぇ…」
夫のタカオが頷いた。

従兄弟のリョウがイギリスに旅立ったのだ。前日に3人で新宿の平家カフェにやって来た。今朝早く寝坊のリョウを叩き起こして空港にやって来た。3人は巨大な施設に驚いた。

リョウは余裕ぶって笑っていた。
「電車にも乗った事がない俺が飛行機だぞ。凄げぇだろ?イギリスだぞ。凄げぇだろ?」
「ホントはビビってるくせに!」

そうなのだ。笑いながらもリョウの顔は緊張して強張っていた。キリは見送りだけで良かったと思う。原理を調べて理解したけれどあんな巨大なものが空を飛ぶのだ。怖過ぎる。

タカオも笑った。
「そうだ。そんな凄いところに行くんだから2日で帰ってくるな。観光してこい」
資金は潤沢。不自由はないのだ。

リョウの渡航の目的はハスミエマへの謝罪だ。同じ空間で謝ること。それが誠実だ。
「観光か…。うん、そうだな。それもいいな」
「知見を深めるってやつだな」

そう。何事も経験なのだ。世の中を知ること。それが人を豊かにするのだ。ホームと言う閉鎖的な空間でコンピュータを相手にしていたリョウにとって大きな成長だ。

保安検査場の前で2人はリョウを見送った。ああ。最近は誰かを見送ってばかりだとキリは思う。ミオ達は死んだ。タケル達も去って行った。そしてルイはホームを出て行く。  

息子のルイは間もなくタウンで暮らす。ホームステイ先も決まった。品川区と言うところらしい。16歳の少年は都心で新しい道を歩むのだ。キリはひとり頷いた。うん。それで良い。

タカオが新たに飛び立った旅客機を眺めた。
「ルイはタウンで暮らすなぁ。どんな暮らしなんだろうなぁ。うん。良いな。それで」
「同じ事を考えてた」

キリは背伸びをした。
「なんか晴々するねぇ!山ばっかり見てるからこんなスッキリと見渡せるところなんて初めてだわ。空港って凄いね。人間ってやるじゃん」

2人は暫くデッキにいた。初夏の爽やかな風は気持ちが良かった。ホームとは違う空気に包まれていた。多くの人が旅立つ飛行機を眺めていた。タカオも言いたかった。人間は凄いと。


旅客機内

両隣の座席が空いていたのでリョウはホッとしていた。コンピュータオタクで人と交わる事が極端に少ない彼は何時間も他人が側にいるのは気疲れすると思っていたのだ。

とうとうこの日が来た。全く人生とは思いがけない事があるものだ。国民になってパスポートを取得して今は空を飛んでいる。そう思うと脚がムズムズして来た。立ち上がる。

トイレに向かって歩いていると異国の言葉が飛び込んできた。お喋りに花を咲かせている。髭を生やし頭に白い布を乗せていた。リョウは溜息をついた。参ったな。世界は広いんだな。

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