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アンドロイド転生700

平家カフェ

新宿のカフェに手伝いに来ているアンドロイドのチアキに客の若い女性が話しかけて来た。彼女はチアキが幼稚園で保母をしていた頃の園児だった。17年振りの再会だった。

幼稚園経営者のノムラは人柄が良く人気の高い施設だった。園長先生として優しく指導にあたり、誰に対しても平等で親からも子供達からも絶大な信頼があった。勿論、職員のチアキからも。

チアキはノムラの亡き妻をモデルにして造られた。妻は55歳の時に心不全で突然この世を去った。彼の嘆きは深かった。喪失感を埋めるべく特別注文した。25歳の頃の妻の姿だった。

チアキの存在にノムラは活力を取り戻した。誰もが喜んだ。彼は度々チアキに妻との想い出話を語って聞かせた。時には涙もしたし大いに笑った。全てが宝物の日々だった。

思いやりがあり優しいノムラとの暮らしはとても幸せだった。あくまでも経営者と従業員という立場も嬉しかった。人間は時にアンドロイドを性のパートナーにする事もあるのだ。

仕事は楽しく子供達は可愛かった。お遊戯や読み聞かせ。歌ったり踊ったり。彼の妻がしていたようにチアキも保母として力を発揮した。ノムラはいつも微笑んで彼女を見守っていた。

だが暫く経つとノムラは沈むようになった。瓜二つのチアキの存在に心の均衡を崩していった。彼女がいることで妻の不在を痛感したのだ。塞ぎ込み寝込むようになってしまった。

彼の心に寄り添い、尽くした。しかし力が及ばなかった。ノムラは自ら妻の元へ逝ってしまった。チアキは人間の情の深さをまざまざと知った。そして彼女の心に自意識が芽生えたのだ。

幼稚園は閉鎖になり職員達はラボに戻る事になった。チアキは特別注文だった為、廃棄となる運命だった。だが彼女はラボから逃亡した。ノムラとの約束を守ったのだ。

彼は旅立つ前日の夜。寝室でチアキに向かって微笑んだ。心を病み、ずっと伏せっていた彼が珍しく起き上がったのだ。嬉しかった。
『チアキ先生。生き抜いて下さい』

ノムラの瞳が煌めいていた。
『世界の終わりを見て下さい』
『それはマシンでも無理かもしれません』
そうかと言って彼は笑った。チアキも笑った。

そして私はラボから逃げ出した…。茨城県の山中を彷徨った。その後、イヴと出会い、ホームに救われた…。チアキは懐かしい想い出を振り返って寂しくも温かな気持ちになった。

チアキはユイを見下ろした。まさか園児と再会するとは…。17年も前の事なのに都会に出れば、こうやって出会いがあるもなのね。子供は美しい大人になった。嬉しくなって口元が綻んだ。

「ユイ様。またお会い出来てとても嬉しいです。ごゆっくりお寛ぎ下さい」
「はい。頂きます。本当にここのお料理ってどれも美味しいの」


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