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アンドロイド転生929

2118年12月10日 午後
カノミドウトウマの邸宅 

「お邪魔します」
シオンは部屋に足を踏み入れた。広い室内の中央にイーゼルがあり絵を描く為の様々な道具が置いてあった。絵の具の匂いが漂っていた。

シオンは辺りを見回した。運動器具や食器や楽器もあるし、壁にはサーフボードが掲げてあった。
「トウマさんは…趣味が多いんですね…」
「うん…俺のもあるけど…」

トウマも室内をぐるりと見た。
「元は曽祖父のバイオリン部屋だったんだ。今は皆んなの趣味の部屋って感じ。そこそこ広いし…それぞれ好きな物を置こうってなったんだ」

シオンは成程と頷く。トウマは笑った。
「食器作りは母親の趣味。楽器は妹や祖父母。スポーツ用品は父親や弟や俺。ごちゃごちゃだ」
シオンの目に仲の良い家族が浮かんだ。

トウマはソファを指した。
「じゃあ…ここに座ってくれるか?」
「はい」
「リラックスしてくれな」

トウマは早速イーゼルの前に立つと両手の人差し指と親指でLの字型を作り、指の先を合わせると目の前に持ってくる。長方形の枠の中からシオンを覗いた。互いの目が合う。

恥ずかしくなってシオンは俯いた。トウマは構図を合わせる為に微妙に立ち位置を移動しながら最後に頷くと鉛筆を持った。
「疲れたら言ってくれ」

トウマはリングを起動すると、音楽アプリを立ち上げた。クラッシックが流れる。静かなメロディが部屋を包んだ。シオンの緊張が解けていく。いいな。何だかやっぱり大人だな。

12月の陽光が大きな窓から注ぎ込む。荷物だらけの部屋だが心地が良い。まるでひとつの絵画のようにまとまっている。やがて絵の具の匂いも気にならなくなった。

シオンは時々トウマを見つめた。そして時々目が合った。それが嬉しい。トウマはキャンバスとシオンを行き来した。約2時間後。
「よし。お疲れさん」

間もなく執事アンドロイドがやって来た。テーブルにお茶とお菓子のセットを置いて去って行く。トウマが一休みしようと声をかけた。シオンは立ち上がり、背伸びして腰を動かした。

イーゼルの前にやって来ると絵の中の自分と目が合った。絵画の世界は疎いので才能の有る無しは分からないがとても上手に描けていると思う。
「いい感じです」

トウマは笑った。
「でも…普通だろ?普通にシオンを描けているだろ?でもそれじゃダメなんだよな。そこに個性が必要なんだ。光の具合とかタッチとかさ」

トウマは徐に手を上げてシオンの頬に触れた。
「たとえば…この頬の線。頼りないのか…力強いのか…。そして…皮膚の質感や光の反射…」
シオンには全く聞こえていなかった。

トウマの指が自分に触れているのだ。衝撃と感激で心臓が止まりそうになった。嬉しい。恥ずかしい。どうしよう。そんな反面、強い思いもあった。その手を掴んで唇を寄せてみたいと。

「後は…筆使い…シオン?…どうした?」
シオンはハッとなる。顔を上げた。トウマと目が合った。胸が苦しい。ああ。好きだ。大好きだ…。抱き締めたくなってしまう。

だがシオンはサッと離れるとテーブルの飲み物を慌てて取った。喉を潤してホッとする。2人でいる事に改めて緊張した。想いが募る。けれどこの気持ちは絶対に悟られたくなかった。


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