見出し画像

アンドロイド転生939

2118年12月24日
東京都世田谷区 サイトウ邸
(カナタのホストファミリー宅)

バイオリンの絹糸のような繊細な音から始まった。フルートの心踊る軽やかな旋律。コントラバスの重厚な音色が落ち着きを醸し出す。そこにサイトウ氏の朗々とした声が響いた。

音楽家のサイトウ夫妻は多くの友人を招いて毎年恒例のミニコンサートを開催したのだ。クラッシックの上品な演奏と声楽家のサイトウ氏の伸びやかな歌声。人々は聴き惚れた。

そこにカナタとアイリがトナカイの着ぐるみで四重奏の前に割り込んできた。2人が激しくヒップホップダンスを繰り出すとサイトウ氏が怒り出した。今直ぐに出て行けとカナタに向かって吠える。

カナタはダンスを止めようとしない。しかもヘラヘラと笑っている。客達は不安気に顔を見合わせた。するとメロディが一転した。曲調が変わったのだ。カナタは流行りの歌を唄い始めた。

するとサイトウ氏がサンタクロースの帽子を被って何とラップを始めた。人々は目を丸くした。漸くこれは全て演出なのだと理解した。歓声が上がった。室内が大きな拍手に包まれた。

余興が終わるとサイトウ氏は微笑んだ。
「次男のカナタのアイディアです」
ミニコンサートを開催するなら、あっと驚く事をしたいと言うカナタの願いを叶えたのだ。

サイトウ氏の実の息子は音楽大学生で普段はウィーンで暮らしているが1週間前から帰国していた。演奏ではコントラバスを担当した。バイオリンはサイトウ氏の妻が。フルートは姪だ。

その後、人々は大いに食べて大いに飲んで歓談した。カナタとアイリもトナカイのまま食事を楽しんだ。客達から何度も褒められた。驚きのパフォーマンスが楽しかったと。素晴らしいと。

夜が更けてくるとナニーアンドロイドが子供達を連れて帰って行く。これからは大人の時間である。アイリがカナタの部屋で着ぐるみから服に着替えた。そろそろ帰る時刻だ。

「着替えたよ〜」
廊下で待っていたカナタは部屋に入る。
「タクシー呼んだ?」
「今呼ぶ」

アイリはリングを起動して配車アプリを立ち上げた。ホログラムが浮かぶ。アイリは人差し指を上げたものの操作せずに固まった。そしてカナタのベッドに腰を下ろした。

カナタは不思議そうな顔をする。
「どうした?」
「もうちょっと一緒にいたい」
カナタは笑顔になるとベッドに座った。

「カナタ。大成功だったね」
「アイリも参加してくれて有難うな」
「お父さん達に感謝だね」
「いつも俺の味方なんだ」

夫婦はどんな時もカナタの言葉に賛同する。それどころか息子や姪も巻き込んだ。プロの声楽家のサイトウ氏は喜んでラップを覚えてくれた。カナタは義父に抱きついて喜びを表したものだ。

本当はアイリも抱き締めて喜びを分かち合いたい。だがさすがにそれは躊躇われた。
「アイリ…俺…アイリが凄く好きだ」
「私も。カナタが大好き」

2人は黙り込んだ。静寂に包まれて緊張する。カナタはアイリの髪をそっと撫でた。アイリが顔を上げて目を閉じた。カナタの鼓動が早くなる。ゆっくり顔を近付けてそっと唇に触れた。

唇を離すとカナタはアイリをじっと見つめた。
「俺…大事にするから…」
アイリは嬉しそうに頷いてタクシーを呼ぶ。間もなく2人は立ち上がると部屋を出た。


※カナタがホームステイをした初日の事です


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?