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アンドロイド転生935

2118年12月24日 夜
平家カフェ

開店のライトが灯った。今日は予約客のみ。カップルやファミリーが洒落た姿でやって来る。アリス達も正装していた。チアキはこの日の為に上野から戻って来ていた。戦力の1人だ。

店内はクラッシックのクリスマスメドレーが静かに流れていた。食事はいつもよりも更に手が込んでおり心も込められていた。客達はにこやかに微笑んで舌鼓を打っていた。

どんな時でも客が主役だ。給仕係のアリスとチアキはひっそりと的確に動き、食事を提供した。こんな時はアンドロイドの正確性がものを言う。数時間後、最後の客を見送った。

全員がラフな服に着替えると、また店内に戻って来た。嵐の後の静けさだった。飲食店の戦いが終わったのだ。いや。まだこれからだ。大量の片付け物が残っている。

それでも店主のキヨシがニッコリとした。
「初めてのクリスマスディナーは成功だな!」
去年迄は親子3人だった。3人では対応が難しい為、特別ディナーは提供していなかった。

キヨシがアリスとチアキに頭を下げた。
「君らが居たから出来た。有難う」
2人は感激していた。マシンを労ってくれる!やはり家族なのだと実感する。

妻のマユミが手を合わせた。
「チアキ。お願いがあるの。リツとアリスをデートさせてあげて。だから片付けは3人よ」
「はい」

アリスは慌てた。
「いえ!私もやります!ダメです。そんな事は」
「いいのよ。行ってきなさい。その代わりチアキに彼氏が出来たらアリスがやるのよ」

チアキは真面目な顔をした。
「私に彼氏なんて出来ません」
「何を言ってるの。人間だってアンドロイドだって恋は大事よ。心を豊かにするの」

マユミは息子の恋人がアンドロイドであろうと構わなかった。リツが幸せならばそれで良い。世の中の親は子供の幸せを望むあまりに過干渉になる時もある。それが不幸を呼ぶ事もある。

実際にモネの母親のサクラコはルイの血筋を毛嫌いして2人の仲を裂いた。エマの両親はアンドロイドのタケルを拒否した。サキの父親は口煩い。愛ゆえなのだが子供の自由を奪うのだ。

マユミは手を叩いた。
「さ!始めましょう!頑張って片付けるわよ!さ!あんた達、早く行きなさい」
リツとアリスは顔を見合わせると笑った。

「有難うな。じゃ、行ってくる」
「有難う御座います。行って来ます」
2人は手を繋いで店を出て行く。残った3人は笑顔で彼らを見送った。

マユミは息子の背を見つめた。アンドロイドを恋人にしてからもう8年も経った。アリスが好きだと打ち明けてくれた時に、そんな予感がしたと答えた。リツの想いは伝わっていたから。

息子はアリスと相性が良い。2人の仲はいつも穏やかだ。決して馴れ合いになる事なく、人間とアンドロイドの垣根を超えて信頼しきっている。そんな2人を阻みたくなかった。

友人達が孫が出来たと嬉しそうに語るのを羨ましいなとは思う。小さな身体の温もりを感じてみたい。無垢な瞳で見つめられてみたい。でも諦めた。息子が幸せならそれで良いのだ。

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