アンドロイド転生971
(回想 昨年のこと 2118年6月1日 朝)
富士山5合目
(タケルの視点)
タケルは富士山にやって来た。初夏の山は多くの人で賑わっていた。同伴するアンドロイドのサポーターも多くいた。タケルは装備を整えてやる気に溢れており頂上まで行こうと決めていた。
無料電気ステーションで充電をする。ブースにいるとアンドロイドに話しかけられた。1人で登るのだと言うと不思議そうな顔をする。当然だ。アンドロイドが単独で登山などしないのだ。
話し相手は充電が済むと楽しみましょうと微笑んで去って行った。何だか久し振りに他者と交流したなと嬉しくなった。すっかり1人でいる事が当たり前になっていたのだ。
よし。楽しむぞ。充電を終えてブースを出た。青い空を見上げてタケルは頷くと登り始めた。山道を軽やかに進む。疲れのない身体はリズムが衰える事はない。人々を追い抜いて行く。
目の前の木や緑や足元の花を見た。茨城県のホームに咲いていた植物や花とは違う種類が沢山あった。検索をかけて名前や性質を知る。世の中は広いのだなと実感した。
富士山8合目 ロッジ
(オダギリケントの視点)
「オーナー。私が行きます」
「いいよ。俺が行ってくる」
アンドロイドに言われたもののケントは首を振った。ゴンタを自分で親に届けたい。
1週間前、狐の親子がロッジに迷い込んで来た。間もなく去って行ったが子狐1匹だけが置いてかれてしまった。ゴンタと名前をつけて可愛がっていたがやはり自然に帰すのが好ましい。
昨日、親がやって来たがゴンタと会わす前に気付いた時は去ってしまった。ケントは帰そうと決めた。親子は一緒に暮らすべきだ。ケントは狐の巣の目処を立てていた。直ぐに出発した。
山を1時間ほど登り、狐の巣の近くにやって来てリュックからゴンタを出して地面に下ろした。ゴンタは巣に行くかと思いきや鼠を見つけて追いかけた。若い獣らしく好奇心の塊だ。
ケントはゴンタを追った。頂上付近の頂きは雪が積もっており、隆起している。するといきなり足元が不安定になった。驚いて見下ろすと雪が崩れていく。あっという間に身体が落ちた。
ケントは叫んだ。激しい勢いで雪に流される。手が宙を掻く。危険を悟った。そのまま15m程落ちてケントは頭を打ちつけて気を失った。それから10分後。雪が降り始めた。
更に10分後。手先が痺れていることに気が付いてケントは目覚めた。顔を顰めて後頭部を押さえた。コブが出来ていた。手のひらを確認する。出血していない事にホッとする。
目眩もないし吐き気もない。痛みはあるがコブの部分だけ。首を捻ったり腕を回す。立って足踏みも出来る。脳にも身体にも問題はないと安心する。よし。大丈夫。だがすぐに危険を悟った。
片方の手袋をしていないのだ。だから寒さで手が痺れていたのだと思い至った。手袋を失ったのはまずい。この寒さに長時間いたら凍傷を起こす。それに更にまずい事にリングがなかった。
いつも中指に嵌めているスマートリング(携帯電話)。これがないと言う事は裸も同然だ。連絡もつかない、自分が何処いるか分からない。しかも相手も自分の居場所が分からない。
ケントは辺りを見回した。真っ白な世界にはカラフルな手袋も、黒いリングも見当たらなかった。探さなくては…。ケントは慎重に歩き始めた。また滑落してはならない。
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