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アンドロイド転生601

茨城と福島の県境:山間の谷

ザイゼンは窮地に陥っていた。熊に襲われ、大事な主人と離れてしまった。執事としての職務を果たせない。こうなったらモネの恋人のルイを頼る他なかった。だが…ルイは無知だった。

ザイゼンは声を絞り出した。
「リング(携帯電話)には様々な機能がありますがマップは使った事がないのですか?」
『ありません』

ルイは正直に打ち明けた。
『僕は…ケータイを持った事がありません。モネから借りて電話がやっと使えるくらいなんです。教えて下さい。どうやるんですか?』

ザイゼンは頭を支えながら思案していた。今は非常に危険な状況だと判断した。自分は頚椎が折れている。モネの行方は不明だ。サクラコは不通。ルイは携帯電話の初心者だ。

だがルイを信じるしかない。若さに賭けよう。
「ルイ様。宙空に私の姿が映っていますね?その下部に指を当てて下さい。沢山のアプリが出て来ます。地図のアイコンが分かりますか?」

ルイは言われるままに宙空に人差し指を当てた。何も起こらない。何度も指を掻いた。するといくつもの丸い光が目前に浮かび上がった。
『なんか青い光が出てきたけど…?』

「それがアプリです。地図は分かりますか?」
『地図…?どれ…?』
「ひとつひとつ光に指を当てて下さい」
こうなったら順番にやるしかなかった。

ルイは指を当てる度に様々なホログラムが立ち上がる事に驚いた。18番目の光に指を当てた。
『なんか…地図みたい』
「私のGPSを探して下さい」

ルイは眉根を寄せる。
『GPSって何ですか』
ザイゼンは辛抱強く教えてやっとルイはザイゼンの位置を把握した。

ザイゼンは安堵する。漸く希望が見えた。
「ルイ様。あなた様が歩けば地図上であなた様が移動します。私の場所までいらして下さい」
『分かりました。行きます』

ルイは宙空に浮かぶ地図を眺めた。ザイゼンの居場所が赤く発光している。ここを目指せば良いのだ。ケータイとはなんて便利なものなのだろうか。驚くばかりだ。ルイは歩き出した。

ザイゼンは谷にいた。斜面を見上げる。行けるか?一応服装も靴も山道に適した物を着用している。問題は首だ。グラグラと不安定な頭を支えなくてはならない。片手で登れるだろうか。

だが躊躇している場合ではない。モネを探さなければ。先程熊と遭遇した場所からモネはどこに走り出したのだろう。大声を出せば声は届くかもしれないのに声帯を損傷してしまった。

ザイゼンは自分の内側で天気情報アプリを立ち上げた。10分後に雨が降る。益々危険な状況になる。3月中旬の山は寒い。モネが雨に濡れたら体温を奪われる。何とかしなくては。

「モネ様。必ずやお助けします。もう少しの辛抱です。お待ち下さいませ」
ザイゼンは斜面のルートを計算し、足元を慎重に進めながら山を登り始めた。

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