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音楽劇「海王星」 もし寺山修司が世に出た衝撃をリアルタイムで味わえたなら

例えば音楽ファンなら「ビートルズの誕生の衝撃をリアルタイムで味わえたら。」なんて思いを巡らせたことがないだろうか。

そんな感じで「もし、寺山修司が世にでた衝撃をリアルタイムで味わえたら。」と演劇が好きな人は一度は思ったことがあるはず。

その「もし」を経験することができるとは。

音楽劇「海王星」弘前公演を見に行ってきました

青森県でも感染者数が爆発的に増え、本来で有れば自粛するのが望ましいかと思ったのですがこんなチャンスは二度とない。

地方においては演劇の公演自体が珍しいのですが、こんな豪華キャストに話題作がくるなんてそうそうない。例えば、とても人気になって「地方巡業しまーす」というパターンはあるのだけれども、そうではなく、その話題や人気が盛り上がってきている最中の公演がやってくるなんて。

武田真治の身毒丸とか「いいなー。盛り上がってるなー。」と思いながら映像化されるのをじっと待った昔々の気持ちがまざまざと蘇る。

というわけで、即ポチりました。

主演は山田裕貴君。あまりTVや映画を見ないので知らなかったのですが、知人に「今度この舞台見に行くんだー」と話したら2,3人が「え!山田裕貴君くるの!」と即買ったので大人気の俳優のよう。映画ファンの上司も「彼はいいよ。とても良い。良い目をしている。」と絶賛。これはますます楽しみ。やはり寺山修司作品にでる役者は良い役者さんが多い。と武田真治を思い出しながらそう思ったのでした(身毒丸リアルタイムで生で見たかった)。

海王星概要

寺山修司が「天井棧敷」結成前、1963年に書いた未上演の音楽劇を新生PARCO劇場でついに初演!
豪華キャストの競演、今最も勢いにのる眞鍋卓嗣の演出、
志磨遼平(ドレスコーズ)のオリジナル楽曲&生演奏による待望の上演!
出港しない船上ホテルを舞台に繰り広げられる、父と息子と父の婚約者の甘く哀しい祝祭劇。寺山の詩的な音律が映える台詞と、想像力をかきたてる魅惑的で怪しい登場人物によって彩られる世界は、まさに「寺山ワールド」の原点です。

天井桟敷以前という事で、これはさらに難解な話なのかと思っていたらそうでもなかったです。展開が早く、ジェットコースターみたい。

継母と息子のオイディプスの変形ものと見るのか、不倫ものとしてみるのかという設定なんですが、私は「え、なんでそうなっちゃうの?」的な展開がロミオとジュリエット的だなぁと。ロミオとジュリエットって、悲劇なんですがあんまりにも「え?なんでそうなっちゃうの?」っていう点がともすれば喜劇にも感じる。運命に翻弄される人の悲劇は時に滑稽なのかもしれないな。

そんなジェットコースター的展開のお芝居って、一歩間違えると役者の気持ちばかりが先走ってみている側が置いてけぼりになってしまいがちなんですが、そこを演出力と役者の存在感と力量でねじ伏せたというか。

とにかくみんな、寺山ワールドをやりたかったんだ。というが非常に伝わってきましたし、客席もみんなとにかくこの公演を見たかったんだ。という気持ちがあふれていて、とても良い空間でした。

中尾ミエ様

まず最初に登場するのが中尾ミエ様。
最近のお芝居って、ベルが鳴らないんですかね。ベルもなく幕も上がらない状態でなんとなく暗くなっていき照明が入り、中尾ミエが登場し開幕。

立っている姿だけでお美しい。

ストーリーテラーとして最初に歌を歌って口上を述べる役割なのですが、これはもう、大成功ではないのでしょうか。圧倒的な存在感に「月影先生(ガラスの仮面)もこんな感じなのかしら」なんて思ったりして。

ゆっくりと歩きながらブルースを歌い、客席に語り掛ける中尾ミエ様によって、客席はゆっくりと海に沈むようにお芝居の世界に入っていったのでした。

船上ホテルの乗客たち

そうして、幕を開けた海王星なのですがとにかく美しい。多分録画してコマ送りにしても全部のコマが絵葉書になるんじゃないかな。って位美しい。

しょっぱなから「酔いどれ船」で出演者が躍る場面があるのですが、

女学生たちのダンスがキレキレで、梨本アンナ(8回結婚した女 内田滋)たちが「いかにもそれらしい」衣装とポーズでそれはまさに「みんなが想像する寺山ワールド」というか。

「寺山修司」ときいて思い浮かべるのは、↑こんな感じの写真だったりするかと思うのですが、まさにそんな感じ。

調べたところ、女学生の面々はミュージカルやバレエ経験者の方が多く、女学生のかわいらしい姿から繰り広げられるダンスが、若いころの悶々とした熱気を連想させてとても良かったし、舞台全体が締まってました。
中尾ミエ様と冒頭の「酔いどれ船」でもうお腹いっぱいな感じだったのですが、ここからが本番。踊り狂う人々の中で、一人浮かない顔をしている青年が。そう、彼こそがこの話の主役の猛夫(山田裕貴)。

山田裕貴と松雪泰子

山田君顔ちっちゃ!いくら何でも、頭身間違えてないか?ってくらい顔が小さい。

冒頭のシーンでは、椅子に腰かけてうつむいていたのでわからなかったけれども、立ち上がった瞬間その顔の小ささにびっくり。そしてなんか知らんけどキラキラしてるぞ山田君。
山田裕貴演じる猛夫はとてもピュアな青年で、ここから一気に松雪演じる魔子に恋に落ちるのですが、なるほどこりゃ一気に恋に落ちそうな位ピュアなムードが漂っているわ。猛夫が歌う「恋の歌」の歌詞が

あなたがあんまり美しいので 
まるでなにか恐ろしいことが起こりそうな気がする

こんな感じで、おそるおそる、でも抗い切れずに魔子との恋に落ちる場面がキュンキュンどころじゃない。誰か私にこの歌を歌ってください。

対する松雪泰子なのですが、バーの店員をしていて猛夫の父に見初められたとのことで、はすっぱでちょっと頭が足りないようでいて自分の芯がはっきりしている感がある女性の魔子。それが、猛夫と恋に落ちる瞬間は少女のような可憐さが。迷いなくスコーンと恋に落ちるように見える。

紙はマッチの火で燃える あたしの心もすぐ燃える

こちらは猛夫と歌う「紙の月」の魔子パートなのですがまさにそんな感じ。

魔子なんですが、全体的に現実味が足りないというか、女性の色んな魅力の要素をかき集めた虚像のようにみえて「男性が描く魅力的な女性」だとこうなるのかななんて考えていたのですが、最後の最後に

「かわいそうなあたし」

というセリフがあってそこで腑に落ちました。魔子強すぎる。ちょっと笑ってしまう位強い。
「誰も、自分以外の人を作ることなんかできない」し、「自分が作り出したものは大切にしなければいけない」という強い信条で生きている魔子、この位で私も生きていきたいわ。私も何かあったら「かわいそうなあたし」って呟こ。

市原六花

そして、伊原六花。登場人物の中で地味目な普通のニットとスカートという衣装で物語の語り手要員として登場なのかと思っていたら次第に狂気を帯びてくる。来宮那美(港湾事務所の職員)という役柄で、猛夫の恋人?あるいは片思い?なのかとにかく猛夫が好きなこちらの那美さん。最後には毒薬を飲み物に入れて魔子を殺そうとする役です。

って、那美って猛夫と付き合っているのかな。付き合っていないのにこの思い詰め方はホラーな気もするけれども、なんとなく周りから「お似合いのおふたりねぇ」ってなっていてなんとなく予定調和的に進めば二人は付き合うだろう的な間柄だったけれども猛夫は一切気にしたことがなかったって感じなのかな。地味な髪形、地味な服装、ストレートな芝居だった那美ですが、本心はなかなか熱い。やっぱ、どんな見た目でどんな雰囲気の人でも心の中には熱いものを持っているし、というか持っているからこそ静かに常識的な雰囲気を纏い続けることができるのかもしれない。

那美が歌う「毒薬の歌」

ああ、毒薬よ あの女を殺すグラスの中の湖よ
おまえは 
あんまり美しくてはイヤ あんまり澄んでてはイヤ

わかる。わかりすぎる。殺してしまえばいなくなるのに、それだけでは解決しないその気持ち。恋敵の女を殺す小道具までが美しいなんてのはちょっと納得いかない。

そして、最後のソロダンスが圧巻。この踊りのために、抑えに抑えた動きだったのかと思う位、一気に那美の思いが爆発したような激しく熱く色っぽい、恋心というよりは情熱なのか劣情なのか嫉妬なのか本能なのかといったそんな場面でした。

ユースケ・サンタマリア

ユースケ・サンタマリア!素晴らしかった。

全体的にどこか浮足立っているというか現実味がない登場人物たちで繰り広げられる前半のお芝居。乗客たちは何かあると歌い踊るし、猛夫の真面目な気持ちを茶化すし、猛夫と魔子は急に恋に落ちるし

月がでたなら金儲け まっくら闇ならキスキスキス
ほんのみじかい人生だもの 時間を無駄には できません!

という「酔いどれ船」の歌詞そのものなんですが、後半にユースケ・サンタマリア演じる彌平が戻ってくるとその空気が一変。

「現実が戻ってきた」という感じ。

彌平が歌う歌も「わが人生の時」がこれまたよくて

せまいアパートで
息子と二人で挽くコーヒー挽き機械
ねじは少し緩んでいるが
コーヒー豆のにおいはいい

ユースケ・サンタマリアの雰囲気にぴったり。
寺山修司の戯曲なので、言い回しがちょっと現代語ではないのですがユースケが言うと妙にしっくり来て自然。ユースケ・サンタマリアって上手いなぁ。
ああ、彌平!その歌を歌って微笑みあっている息子は婚約者の魔子とできているのにぃいい!と、彌平の人の好い笑顔に心が締め付けられる。ユースケ・サンタマリア大好き。

と、そこから魔子と猛夫ができているのが彌平に伝わりなんだかんだあって那美が毒薬を魔子が飲む予定のグラスに入れるのですが……

って感じでお芝居が進みます。結構この辺で「え、え、どうなるの?」ってハラハラしちゃうくらいにはお芝居の世界にどっぷりでした。

最初出てきた船上ホテルの面々がどこか非現実的で、猛夫と那美と彌平が現実的な人に見えていたのですが、お芝居が進むにつれ3人の歯車がどんどんくるっていく様子がゾクゾクしました。彌平も最後には闇落ちというか、え、彌平、そんなアイディアを彌平が出すとは!?って感じで、無理やりに常識や日常を取り戻そうとすればするほどおかしくなっていく様子が恐ろしかったです。

ドレスコーズの音楽

音楽劇という事で、寺山修司の詩に書き下ろしで曲をつけたのがドレスコーズ。

寺山修司作詞の曲って割と独特なので(主にJ.A.シーザーの楽曲しか知らないけど)、今書き下ろしってどうなんだろうと思っていたのですが全く違和感がなく、かつ古すぎない。

確かに寺山修司の世界観の音楽でもあるし、おそらくドレスコーズの音楽でもある感じで、お芝居見た後
寺山修司の映画音楽→海王星ティザームービー→ドレスコーズの曲
と何度も行ったり来たりして聞いちゃいました。

これはちょっと不思議な感覚で、これ書き下ろしなんだなぁと。

ドレスコーズの歌でのCDが発売されるようなのできいてみようかな。

もし寺山修司と同じ時代にうまれていたら

そんなこんなで、これは本当に今、曲と演出をつけて上演されたお芝居なのかそれとも寺山修司の生きている時代にタイムスリップしてみているのわからなくなるような不思議な感覚で過ごした3時間でした。

帰宅後に届いたパンフレットを見るとユースケ・サンタマリアが

僕と寺山さんがもし同じ時代に生きていたら馬があったのかも……なんてことを思ったりもします。

なんてことを語っていて、やっぱりそういう想像ってするんだなぁと。ちょっとうれしくなっちゃいました。

今回の観劇は、お芝居や役者の素晴らしさもさることながら見てみたかった「寺山修司が世に出る際の熱狂や空気感」に触れることができたような気がします。このまま、このメンバーで天井桟敷を立ち上げても納得しそうというか、不思議な感覚でした。











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